ヤグルマという男
ハルトが花畑近辺の土産物屋を物色していると、昨日も聞こえた男性の声がこちらに近づいてくるのが分かった。きっとこの声の主が老爺の語っていたヤグルマという人物なのだろう。
ハルトは物色を切り上げて表通りに顔を覗かせた。
「昨今、我らがブルームバレーの花畑の運営は腐敗している!」
近づいてくる声ははっきりとそう発していた。どうやらヤグルマという男は町を練り歩きながら演説を行っているようだった。ハルトは彼の演説に耳を傾けた。
「かつてこの町に住む人々、他方から訪れた人々の誰もが愛したこの町の花畑を奪ったのは誰か!それは紛れもなく花畑の地主である!彼らは目先の富に目が眩んだあまり上流階級の人間の甘言に乗って癒着し、君たち庶民階級を切り捨てた花畑運営に走った。その結果、花畑は上流階級の人間たちの私腹を肥やすための道具と化し、この町の観光資源としての価値を激減させた。これは庶民階級の皆から糾弾されて然るべきである!」
ヤグルマは演説にて花畑の現状、その原因が何であるのかを声高に語った。それによってハルトはこの町がどのような現状に置かれているのかを理解することができた。
「さあ立ち上がろう諸君!たとえ一人では微々たるものでも、数があればそれは大きな力となる!我らと共にこの町に巣食う巨悪を打ち倒すのだ!」
ヤグルマは通りかかる人々に共に活動に参加することを呼びかけた。ようやくはっきりと視界に映った彼の姿にハルトは驚かされた。
「どっからあんな声が出るんだ……?」
ハルトがそう疑うのも無理はなかった。ヤグルマは痩せ身かつ壮齢の男性だったのである。
演説を行う彼の背後には共に活動を行っていると思わしき人物が十数名ついていた。活動の規模としてはそこそこのものらしい。
抗議活動の同志を集りながら行進するヤグルマたちの前に屈強な男たちが立ち塞がった。様子から察するに花畑の地主が鎮圧のために送り出した用心棒なのだろう。ハルトはその様子を遠目に観察していた。
「ヤグルマ!いつまでその愚かな訴えを続けるつもりだ!」
「無論、其方が花畑の運営方針を変更し、庶民たちにも開放するまでである!」
ヤグルマと男が問答を行う。
そのやり取りを観察する中でハルトはある違和感を覚えた。ヤグルマはなぜ庶民というキーワードを強調しているのだろうか。仮にも自分が庶民階級であるならばわざわざ庶民と形容しないはずである。
「同じ上流階級の身でありながら庶民に肩入れするとはつくづく愚かな奴だ」
ハルトはここで違和感の正体に気づいた。ヤグルマは上流階級の人間だったのだ。上流階級でありながら同じ上流階級に反旗を翻し、庶民に味方するという異質な存在であった。そんなものは存在しないとばかり思っていたし、なにか裏があるのではないかとハルトは勘ぐっていた。
「庶民が大事なのではない。この町が大事なのだ」
互いに一歩も譲らない舌戦の応酬に一触即発の状態であった。もしもの事態に備え、ハルトは懐から銃を取り出して弾を五発込めた。
「このまま花畑まで行進させてもらう」
「させん。ここから一歩でも進めば強制的に退散させる!」
花畑解放運動として花畑まで進もうとするヤグルマ陣営とそれを阻止する上流階級陣営はつに正面から衝突を始めた。
壮齢で筋力に乏しいと思われるヤグルマは屈強な男たちに強制的に押し返されるばかりであった。主導者である彼を庇おうとするものも容赦なく暴力に晒された。そもそも戦闘能力のない庶民たちと戦闘に特化した用心棒とではあまりにも戦力差がありすぎた。これでは最悪殺されかねない。
不憫に思ったハルトはヤグルマたちに加勢することにした。
ハルトは建物の隙間に入り込んで壁を伝うように駆けあがると屋根の上へとよじ登った。
ゴーグルを装着し、両腕で銃を構えると上流階級陣営の背後を通り抜けるように照準を合わせて引き金を引いた。
放たれた弾丸は空中で炸裂してビーム状の魔法が解放され、着弾した地面を抉って煙を噴き上げる。それを確認したハルトはゴーグルを額の高さまでずらし、銃を懐に隠すとすぐに屋根から飛び降りて建物の隙間に姿を消した。
「なんだ今のは!?」
いきなり得体の知れない攻撃を受けた上流階級陣営は慌てふためいていた。それもそのはず、ヤグルマ陣営にはこんなことができる人物は一人もいなかったのである。一方のヤグルマ陣営もどこからともなく援護が来たことに困惑しているようであった。そんな様子をハルトは建物の隙間からわずかに顔を覗かせて見届けていた。
「見ろ!お前たちの横暴を見かねた神が捌きの鉄槌を下そうとしたんだ!」
ヤグルマ陣営の男の一人が声を張り上げた。すると上流階級陣営の男たちは二撃目を恐れたかそそくさと退却してしまった。
「我々の勝利だ!正義は我々にあるのだ!」
ヤグルマが高々とそう宣言すると陣営の人物たちは歓喜の雄叫びを上げた。民衆はその様子を拍手で称えている。
「さあ、次は連中の元まで向かうぞ!我らの正義を示すのだ!」
ヤグルマはすでに次の目標を見据えていた。
上流階級の出身でありながら庶民の味方をする。そんな彼の人物像にハルトは俄然興味を引かれた。
その瞬間、ハルトはヤグルマと接触することを決めたのであった。