クエストの副産物
クエスト達成の証明となるものを確保するため、ループスはタテイノシシの首を刎ねてそれを自前のズタ袋の中に押し込んでいた。妙に手慣れたループスの動きとそれに動じないハルトにカレンたちは再三ドン引きさせられる。
「ところでこれどうする?」
ハルトはループスにタテイノシシの首から下の処理をどうするかを尋ねた。彼女が指さす場所には頭のないタテイノシシの身体が無雑作に転がっている。
ループスは転がった残骸の処理方法を考えた。クエストは達成できたものの、血生臭い残骸を農園に放置するのはなんとも後味が悪い。だが、その血生臭さがループスの中のある欲求を掻き立てた。
「これ、食べられないだろうか」
「んー?いけるんじゃね?」
ループスは衝動的にハルトに提案した。彼女は目の前にあるタテイノシシの匂いに刺激され、その肉を食したくなったのである。ハルトは食費の節約ぐらいの感覚でそれに賛同する。カレンたちは肉食動物そのものな二人の言動に絶句するしかなかった。
真夜中にギルドに戻り、成功報酬を受け取ったハルトたちは再びフリーな状態になった。受付曰く、タテイノシシの残骸はこちらで自由に処理していいとのことであった。
「これ、食べられるか?」
「食べられるはずだよ。タテイノシシの肉を扱ってる店があるから教えてあげるよ」
「本当か!?助かるー!」
ギルドにいた冒険者の一人からタテイノシシが食べられることを知ったハルトとループスは歓喜した。その店に肉を提供すれば何かしらの分け前が貰えるだろうという見込みもあった。
「カレン、あの二人マジヤバくない?」
「可愛い見た目に超勘違いさせられたわ……」
カレンたちはハルトとループスのフィジカルと感性に終始翻弄されるしかなかった。カレンはハルトとの初対面で抱いた『人形みたいな可愛い女の子』という印象を完全に払拭し『人の姿をした獣』と認識するようになっていた。
「疲れた……先に帰るわ」
他の冒険者と共にどこかへ向かうハルトとループスの姿を見たカレンの身体にどっと疲れが押し寄せてきた。クエスト中ずっと驚かされっぱなしでこれ以上は反応すらも追い付かなさそうであった。
気が付けばもう朝である。もうすぐ弟たちが目を覚ますであろう時間だった。
「ただいまー……」
「おかえりー!」
「おかえりなさい」
先に帰ったカレンが家の玄関を開けるとロレントとアリアの声がカレンを出迎えた。アリアの姿は見えないものの、台所で作業をしている音が聞こえてくる。彼女がカレンに代わって朝食を作っているようであった。
「ハルト姉ちゃんとループス姉ちゃんはどうしたの?」
「二人は別行動してる。いつ帰ってくるかは私も知らん」
ロレントに尋ねられたカレンは淡泊な返事をすると身に着けていた衣類を風呂場に雑に脱ぎ捨て、足を止めることなく折り返して自分の寝室へと消えていった。その様子からカレンがかなり疲れていることを察したロレントはそれ以上は深追いするようなことはなかった。
「ただいまー!」
カレンが帰ってきてからおよそ一時間後、揃って目を覚ましたアーサーたち三兄妹とアリアが朝食を取っているところへハルトの上機嫌な声が玄関から響いた。
「おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」
「クエスト終わってからちょっと寄り道しててな」
二人の帰りが遅くなった理由を尋ねるとハルトはそうなった経緯を大雑把に語った。それよりもハルトとループスは三兄妹に話したいことがあった。
「それよりみんなにいい知らせがあるぞ」
「いい知らせ?」
「そう。今日の夕食はちょっといいものを食べられるぞ」
ハルトがアリアたちにそう宣言するとアーサーたちは『いいもの』という言葉の響きに目を輝かせた。ハルトの後ろではタテイノシシの肉料理を待ちわびたループスが上の空になりながら涎を零している。
「ループスさん。あの……涎出てますよ?」
「ハッ!?俺としたことがつい……」
アリアに指摘されて初めて自分の状態に気づいたループスは慌てて口元の涎を拭い、平静を装うのであった。




