アリアとカレンの二人風呂
カレンの弟たちを風呂に入らせ、夕食にありついたハルトたちは自分たちの風呂の順番を話し合っていた。
「俺とループスは最後でいいかなぁ」
「えー、なんで?」
「ほら、俺たち尻尾の抜け毛がすごいからさ……」
ハルトは自分の尻尾を小脇に抱えながら自分たちを後回しにする理由を語った。ループスも顔を少し赤くして俯きながら小さく頷いて同意を示す。二人は耳と尻尾の抜け毛が湯に浮きがちなため、風呂はできるだけ他人が入らない状態で利用したかったのである。
「んー。じゃあアリアちゃん一緒に入っちゃう?」
「えっ、あの……私は……」
『一人で入る』と言えないままアリアはカレンに連行されていった。アリアは自分の意思はちゃんと持っているものの、どうもそれを主張するのが苦手である。これまで奴隷として一方的に扱き使われていた過去を考えると仕方ないと思えるところではあったが、もう少しはっきりものが言えるようになればとハルトとループスはため息をついた。
「えっと……あの……できればあんまりこっちを見ないでほしい……です」
脱衣所でアリアは控えめにカレンにそう主張した。アリアの背中には巨大な黒翼を象った紋章があり、それを見られるのが嫌だったのである。
そうとも知らないカレンはアリアの言葉に首を傾げた。
「なんで?なんか見られて困るものでもあるん?」
「えっと……その……」
「それじゃわからんし。いっそのこと見せてみ!」
アリアの煮え切らない態度にじれったさを覚えたカレンは思い切ってアリアの衣服を引っぺがした。するとアリアの肉付きに乏しい身体に不相応なほどの立派な黒翼の紋章がカレンの目の前に現れる。
「おぉ……すっご」
「うぅ……だから見られたくなかったんです……」
初めて見るアリアの背中にカレンは思わず圧倒された。彼女は冒険者として数年の間に様々な人物を見てきたつもりだったがここまで派手な掘り込みをしている人は見たことがなかったのである。
そんな一方でアリアは背中を見られたことを恥ずかしがっていた。
「めっちゃカッコいいじゃん!?どこで入れたのそれ」
カレンは黒翼の紋章を見て大はしゃぎしていた。彼女の目にはアリアのそれがオシャレの一環として見えていたのである。
アリアは自分の背中を見て初見で怖気づかない人間がいるという事実を前に困惑を隠せなかった。
「あの……カレンさんはこれを見ても怖く……ないんですか?」
「いやー思わん思わん。そんなんよりクエストの報酬ハネられる方がよっぽど怖いし」
カレンはさも当然のように冗談を交えながら笑い飛ばした。その冗談が彼女の実体験なのかはさておき、アリアの紋章を否定的に捉えてはいないことは事実であった。
「アリアちゃん、自分に自信ないみたいだけどもっと強気に行ってもいいんだからね」
カレンはアリアにアドバイスを施した。彼女はアリアとの交流の中でアリアが気が弱い性格であることを見抜いていたのである。
「そういうカレンさんはすごくグイグイ来ますよね……」
「まあねー。私冒険者やる前はそこら中遊び歩いてたからさ。これぐらい行かないと遊び相手が捕まらないっていうの?」
カレンは自分の過去を一部アリアに語った。初対面の相手にも臆せず自分のことをひけらかすカレンにアリアは尊敬の念すら抱いた。
「ねえねえ。アリアちゃんはここに来る前は何をしてたの?教えてよ」
自分の過去を語ったカレンはお返しを求めんばかりにアリアの過去を尋ねてきた。アリアにとって直近数年分の過去は目を背けたいような悲惨ぶりだったが、カレンが相手なら話してもきっと大丈夫だろうというある種の信頼があった。
「ハルトさんとループスさんはすでに知ってるんですけど……他の人には内緒にしてくれますか?」
「うんうん。約束したげる」
口外しないという約束を取り付けたアリアは自分の過去をカレンへと語った。
こうして、彼女は初めてハルトとループス以外に心を開いたのであった。




