アリアの日記
アリアの両親が残していった手記を読み漁ってると、いつの間にか日が沈みかけていた。宿を取れる見込みもなかった三人はこの家で一夜を明かすことにした。家主は不在なものの、生活空間としての機能はしっかりと残っていたのである。浴室と寝室も完備されており、居住性にも不満はない。
寝室は二つあり、ベッドが二つある部屋と一つある部屋とで分けられていた。恐らく二つの方は生前の両親が、一つの方はアリアが使っていた部屋である。話し合いによる割り振りの結果、ベッドが一つの部屋をハルトが、二つの部屋をアリアとループスが使うことになった。
「ここってアリアが使ってた部屋だよな……」
ハルトは今夜自分が使うベッドのある寝室の様子を確認していた。この家にいる人間が失踪した当時からそっくりそのままの状態で保存されていたらしく、記憶を失う前のアリアのことを窺い知るチャンスであった。
ハルトは寝室にあるものを手当たり次第に探り始めた。アリアの両親が残した手記通り、虚弱体質な彼女はほとんど外出できなかったために大量の本に囲まれて育ってきたらしく、埃を被った本棚には本がぎっしりと詰め込まれていた。魔法の学術書、空想の物語が綴られた小説などなど、分野は多岐に渡った。
そんな中、ハルトは毛色の違う一冊の本を見つけた。手書きでタイトルが綴られていたそれはアリア本人による日記であった。ここには記憶を失う前のアリア自身による記録が残されている。ハルトはそう信じて日記を開いた。
『お父さんとお母さんに文字の書き方を習ってやっと自分一人で書けるようになった。これからは私もお父さんたちみたいに日記を書いてみようと思う』
最初にそう記されていた日付は今からおよそ四年前。アリアは文字を書けるようになったのがハルトやループスに比べてずいぶんと遅かった。しかしそれは突如として意識をなくしてしまう虚弱体質のことを考えれば仕方のないことではあった。
その後を読み進めていくと、毎日ではないものの数日に一度ぐらいの頻度で日記は更新されていた。やはり外を出歩けない分家と両親の工房を行き来していることが多かったらしく、外の世界に憧れるようなこともちらほらと書かれていた。
そんな中、両親の手記と内容がつながる記述が発見された。
『お父さんとお母さんが私が気を失わなくなる方法を見つけたって言ってくれた。これがあればもう気を失わなくなるし、一人で外を歩けるようになるらしい。どんな方法なのかな』
『お父さんとお母さんの工房で初めて精霊というものを見た。あの子が私の体質を強くしてくれるらしい。よくわからないけど、元気になれるならそれでいのかな』
精霊というのは何かの比喩表現などではなく、本当に精霊そのものであることがアリア自身の記録によって確定した。魔法学校の名門出身であるハルトですら精霊の存在を把握していなかったのは精霊召喚及び契約がごく一部の魔法使いたちによってひたすらに隠匿されてきた秘術であり、魔法学校の関係者も存在を知る者がいなかったためである。
『精霊と契約した日から私は気を失うことがなくなった。初めて朝起きてから寝るまでずっと外の様子を見続けることができてすごく嬉しい。契約した精霊が私のことを守ってくれているらしい。これで私も外に出られるようになるのかな』
精霊と契約した直後の内容ではアリアは自分の体調がよくなったことを素直に喜んでいた。この時点では異常をきたしているような様子はない。日記にはまだ続きがあることに気づいたハルトはさらに深く読み進めた。
『今日はお母さんに魔法を教えてもらった。今まで使うと気を失ってしまっていた魔法を使ってもいつもと変わらずにいられる。お母さんはアリアは魔法が上手だと褒めてくれた』
『この村の外には魔法学校というものがあると聞いた。魔法使いたちはここで勉強をして一人前になるらしい。私も行ってみたいな』
ここまでは両親の手記と連動した内容であった。しかし、アリアの日記にはさらにその先のことが記されていたのである。
『村の同い年ぐらいの子が私を指さして化け物だと言ってきた。どこかで私の背中に真っ黒な模様がついているのを見たらしい。私についているのは化け物じゃなくて精霊だといくら説明しても理解してもらえない』
精霊と契約したアリアの平和な日常が壊れ始めた瞬間であった。村の子供がアリアのことを化け物呼ばわりし始めたのである。そこから先どうなったのかを続きを読まずとも理解できてしまったハルトはそっと日記を閉じた。
もしアリアがまた心に限界を超える負荷をかけられるようなことがあったりしたら……
ハルトはそう考えると恐ろしくてならないのであった。




