魔法使いの手記
クオーツにかつていたという魔法使いの子であることが分かったアリアはさらに過去を辿ろうと彼女の両親らしき人物が残した手記の断片を読み進めていった。ハルトとループスもアリアの正体を知るべく彼女の後ろから手記を覗き見た。
『アリアが一歳になった。何度も病気になって肝を冷やしたがここまで生きていてくれて何よりだ』
『今日もアリアが突然気を失った。少し時間が経てば何事もなく目を覚ましてくれるがいつ倒れるかわからないのが怖い。どうにかできないものだろうか』
手記を読み進めているとどうも幼少期のアリアは虚弱体質だったらしく、何度も突然意識をなくしていることが手記には記されていた。しかし今の彼女にはそんな様子は見られない。
『何年もかけて薬を与える、運動をさせてみるなど自分たちにできるいろいろな方法を試してみたが、アリアが気を失う現象は一向に治る気がしない。異国の地には精霊を宿すことでその力を得ると方法があると聞いた。これが本当であるならば精霊の力でアリアを元気にしてやることができるだろうか』
一般的な療法を試したものの、そのことごとくが効果を得られなかったアリアの両親はいかがわしい手法に走ろうとしていた。我が子のためであればどこまでも狂気に堕ちていくその姿を想像してハルトとループスは戦慄した。
『研究から十年、ついに精霊を降臨させる方法を発見した。実験の結果、この手法を使えば何度でも同じ精霊を呼び出すことができた。あとはこの精霊をアリアと契約させればあの子を外で走れるぐらい元気にしてあげられるはずだ』
狂気に堕ちたアリアの両親は自力で精霊を呼び出す方法を発見したのである。この後の展開が分かったハルトとループスは手記を読み進めるのが怖くなってしまった。
『アリアを精霊と契約させて一週間。彼女が突然気を失うことはなくなった。これでようやくあの子に一人で外を歩かせることができる。精霊と契約したことで背中に大きな紋章が付くことになったが彼女の命の安全には代えられない、許してくれ』
アリアの背中にある黒翼の紋章、その正体は両親が呼び出した精霊と契約した証であった。つまり彼女の背中には精霊が宿っていたのである。
ハルトは初めてアリアの背中を見たときに感じ取った視線が精霊のものであったことに驚かされた。
『アリアが魔法学校に行きたいと訴えかけてきた。魔法使いとしてぜひそれに応えてやりたいがあの子を一人にさせるのは心配だ。一度魔法使いとしての力を見てあげた方がいいだろう』
手記はこの記述を最後に途絶えている。これを読む限りではアリアは両親の狂気的な術によって虚弱体質を克服したというかなり特異な過去があったものの、それ以外は普遍的な魔法使いの女の子だったということがわかった。
「私は……魔法使い」
手記を読んだアリアはついに自分の過去とその正体を知ることとなった。しかし彼女にとってまだ一つだけ不可解なものが残っている。
「どうして、私は記憶をなくしたんでしょうか」
アリアがまだわからなかったこと、それは自分がどのようにして記憶喪失に陥ったのかであった。手記によれば精霊と契約した自分は至って健康そのものであり、どこか異常が見られたような記録はない。
その記憶をなくした理由こそが、彼女をこれまでの悲劇に落とし込んだ最大の元凶であるということをハルトとループスは予感したのであった。




