幕間:成長の見込みは……
今回は第二章の本筋とは特には関係のない話になります。
次なる目的地、ブルームバレーへの道中でハルトは珍しいものを見かけた。
「迷える貴方の未来を占って進ぜましょう」
それは露店で売り込みをかける占い師の姿であった。この世界において占い師というのは予見の魔法を使える魔法使いと相場が決まっている。自分の在籍していた学校のあった町では上級の魔法使いが集まっていて集客が見込めないせいか見かけることはなかったため、ハルトの目にはかえって新鮮に見えた。
「はいはーい。俺を占ってくれよ」
ハルトは自ら相手として名乗りを上げた。彼女の姿を見た占い師はその奇抜な外見に目を疑った。
「その耳と尻尾は仮装ですか?」
「失礼な!本物だよ!」
ハルトは憤慨した。何度このやり取りを繰り返そうと返す反応は決まってこれであった。
細工抜きで動くハルトの耳と尻尾を見た占い師はそれが本物であり、ハルトの言葉に嘘偽りがないことを確信する。
「これは失礼しました。では正面にどうぞ」
占い師は自分の正面に座るようにハルトに促した。初めての占いにハルトは内心ワクワクしていた。
「なんでも占ってくれるのか?」
「ええ。貴方の未来のことならなんでも」
占い師は得意げに啖呵を切った。それを受けたハルトはこれから占ってもらうことを考え始めた。
「お決まりになりましたか?」
「決めたぞ。占ってほしいことが二つある」
数分考えた後にハルトはそう言った。彼女には気になることが二つあった。予見の魔法を使えない彼女にとってはそれをどうしてもここで知っておきたかった。
「どのようなことを占ってほしいのですか?」
「まず一つ目。俺は旅人なんだが、これからの旅が上手くいくかどうかを占ってほしい」
まず一つ目は旅の幸先であった。これからのことを占ってもらえば多少なりとも心持ちに余裕を持てるだろうと考えていた。
ハルトからの依頼を受け、占い師は小道具を取り出して占いの準備を始めた。
「では、この水晶を覗いてみてもらえますか」
占い師はハルトにそう促すとハルトはまじまじと水晶を覗き込んだ。その様子を観察しつつも占い師は水晶を通してハルトの幸先を占った。
「ほうほう……これは……」
「どうだ?なにかわかったか?」
ハルトは占い師の顔を覗いて結果の報告を催促した。その姿はさながら好奇心のままに動く小動物のそれであった。
「これから先の貴方の旅はゆく先々でいろいろな出来事に巻き込まれますが、まあ大方上手くいくでしょう」
占い師はざっくりとした結果をハルトに伝えた。いろいろと含みのある言い方ではあったが要約すると上手くいくとハルトは解釈することにした。
「もうちょっと具体的に見えなかったのか?」
「見えてはいますがこれはあくまで占い。貴方の行く末を見せるものではありませんので」
ハルトに具体的な内容を尋ねられた占い師は上手くはぐらかした。実際に未来が視えてはいたものの、それを本人には直接伝えないのが彼の中でのポリシーであった。
「そういうものなのか。じゃあ二つ目」
自分の理解や想像の及ばない予見の魔法についてあまり深く掘り下げたところでしょうがなかい。そう考えつつハルトは二つ目の依頼をしようとした。
「二つ目は……どうしました?」
二つ目を聞こうとしたハルトは急にその先を躊躇ってしまった。
「あの……その……聞いて笑わないでくれるか?」
「お客様の依頼内容で笑うことはありませんよ。なんでもおっしゃってください」
占い師はあくまで以来であると割り切ってハルトから言葉を引き出そうと試みた。占い師の対応を見てハルトは恥じらいながらその先の言葉を繰り出した。
「そのさ……俺の身体は成長するのか?背丈とか……あと胸とか」
「ほう」
ハルトは自分の身体の成長を気にしていた。元々成長期にあった身体が変身によって逆行してしまっていたのもあってこれからこの身体にさらに変化があるのかが気になって仕方がなかった。
背丈が今よりも高く、胸もフィリアほどではないにしろ大きく……そんな願望が彼女の中には少なからず芽生えていた。
「これは……」
「どうなんだ?俺に伸びしろはあるのか?」
しきりに尋ねてくるハルトに対してなぜか占い師は言葉を詰まらせた。よほど言いにくい結果なのだろうかとハルトは首を傾げた。
「これは非常に申し上げにくいのですが……」
「なんだよ。俺だってちゃんと勇気出して頼んだんだから答えてくれよ」
「貴方の姿がどれだけ先の未来を視ても変わらないのです」
ハルトは自分の耳を疑った。まさかそんなはずはない。自分の姿がずっとこのままで固定されているとでも言いたいのだろうか。
「悪い冗談だよな?」
「この際はっきりと申し上げますが。貴方の身体には成長の見込みはありません。一生その姿のままです」
占い師からそう断言されてハルトは自分の姿が変えられた日以来の衝撃を受けた。自分の身体はもう一生成長しない、つまりそれはずっとお子様体形のままでいなければいけないことを意味していた。ほんのわずかに抱いた大人の身体への憧れは一瞬で打ち砕かれてしまった。
「そんな……」
ハルトはショックで放心してしまった。耳を伏せ、尻尾も力なくだらりと垂れさがる。
「あまり気を落とさないでください。これはあくまで私が見た貴方の未来。未来は如何様にも形を変えるものですから」
占い師はあまりにショックを受けているハルトにフォローを入れた。これまで占いの結果に一喜一憂する客の姿は何度も見てきたがここまでの反応を見せたのは彼女が初めてだった。
「過去に何があったのかは存じ上げませんがこのような結果を見るのは私も初めてですよ」
占い師の予見の魔法はあくまで未来のみを見る魔法、ハルトの過去をみるようなことはなかった。これで自分の過去まで見られていたらいよいよ立ち直れなくなっていただろうとハルトは戦慄した。
「なんだか気の毒なのでお代は少し負けておきますよ。ではお気をつけて」
占い師から同情を受けたハルトは代金を少し安くしてもらえた。しかしそれ以上に自分の身体が一生このままであることへのショックの方が大きかった。その印象たるや、旅がだいたい上手くいくといういい占い結果がまるで喜べないほどであった。
「俺は……一生子供のまま……」
占いを受けたハルトはうわごとのようにそう呟き続けながらトボトボと歩くのであった。そして、そんな彼女の後姿を占い師は何も言わずに眺め続けるのであった。
これにて第二章が終了になります。次回からの第三章ブルームバレー編は少し間が空くと思いますができるだけ早めの投稿を目指すのでこれからもよろしくお願いします。