奴隷商の話
「では、お話ししましょう」
ハルトがアリアの買い手となるために持ち掛けた取引に応じて奴隷商は自らが知るアリアの情報をハルトへと提供することになった。
「まずこの子を拾った場所ですが……ここから離れたとある小さな村でしたよ。確か『クオーツ』とか言いましたか」
まず一つ目の情報はアリアの出身地である。彼女はクオーツという小さな村の出身であることが判明した。それがわかったことはアリアの過去を辿る上では非常に大きかった。何らかの原因があってアリアはクオーツで記憶を失い、そして奴隷の身に落ちたのである。
「凄惨なものでしたよ。この子がいた場所は周囲が焼け焦げていて、無傷でいるのが奇跡って言ってもいいぐらいのものでしたから」
奴隷商が語ったアリアを発見したときの状況はさっきアリアが奴隷として暮らしていた家のそれと酷似していた。その方法はどうあれ、アリアの周囲が焦土と化すほどの何かが彼女自身の手によって引き起こされているとしか考えられなかった。
「奴隷になる前のアリアはどんな子だったんだ」
「流石にそこまではわかりませんよ。私は焦土の真ん中で意識を失っていたこの子を拾っただけですから」
「拾ったって……村にはほかに誰かいなかったのかよ」
「誰もいませんでしたよ。きっとこの子の背中にある紋章を気味悪がって誰も近づかなかったのでしょう。私が回収するのを止めようとする者もいませんでしたから」
信じがたい事実であった。アリアの背中にある黒翼の紋章はクオーツにいたときからすでに刻まれており、それのせいで村の人は彼女に寄り付かず手を差し伸べようとしなかったのである。
それを聞いたアリアはかなりのショックを受けた。
「そ、そんな……」
「私が知り得ることはこれですべてです」
「そうか」
奴隷商が話を切り上げるとループスがチップとして追加で千マナを差し出した。それを見た奴隷商はわかっているじゃないかと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるとチップを回収して懐へとしまい込んだ。
「最後に、もう一つだけ聞かせてくれ」
これで終わりにしようという時にハルトが思い出したように尋ねた。その内容とはアリアの過去にまつわることではなかった。
「なんでしょう」
「奴隷って身分から解放される方法はあるのか?」
ハルトが最後に尋ねた疑問は奴隷という身分を捨てさせるための方法であった。奴隷商は一瞬面食らったような表情を見せたが真摯にその疑問に答える。
「ありますよ。その手法は様々、主人から解放を宣言したり奴隷から金を渡すなどなどですが、いずれも主人の裁量と言ったところでしょうか。解放された奴隷は職業と私生活の自由を得られますが、決していいことばかりではありませんよ」
「というと?」
「元奴隷という身分はこの社会において信用を得られません。まともな職に就けない故、行きつく先はまず冒険者でしょう。解放された奴隷が生活苦を理由に再び奴隷の身に戻るなどといった話は同業者から何度か聞いたことがありますよ」
奴隷商は奴隷を解放するメリットとデメリットをそれぞれ詳細に語った。奴隷を解放することは決していいことずくめではなかったのである。
「それに主人と奴隷という関係ではなくなる以上、奴隷の唯一の権利である『所有物として主人に保護される権利』は消失します。奴隷という身分であれば他者から傷つけられた場合に主人から罪に問うことができますが解放されればそれもできません」
解放されることによって生じるデメリットを奴隷商はさらに掘り下げて語る。
「奴隷の扱いをどうするかは所有者の勝手ですし、私がどうこう口出しするようなことではありませんが……解放をするかどうかはよく考えた方がいいですよ」
奴隷商はアリアを解放するかどうかはあくまで主人であるハルトたちに委ねた上で安易な解放をしないように忠告した。先にも口にしたように『解放奴隷から再び奴隷の身に落ちる』などあってはこの上ない不名誉である。
大真面目な説明を受けたハルトとループスは息を飲んだ。
「アリア、お前は奴隷から解放されたいか?」
奴隷商館を出たハルトはアリアに尋ねた。ハルトとしてはアリアの意思一つで解放することもやぶさかではなかった。無論奴隷商から説明された『解放によるリスク』も承知の上である。
「い、今は……ハルトさんたちの奴隷のままで大丈夫です」
アリアは一瞬迷うような様子を見せたものの、現状を維持することを選択した。というのも、自分のことすらまともにわかっていない今の状態で一般人の身分に戻るのはあまりにも危険であり、ハルトたちの庇護下に置かれている方が安全であるという考えがあったからである。
「そうか」
それを受けたハルトとループスはそれ以上は何も言わなかった。
「行くか。クオーツに」
アリアの意思を確認したハルトとループスはアリアの謎に近づくため、彼女の故郷であるクオーツに向かうことを決めたのであった。




