ループスとアリアの背中
「先お風呂貰ったぞー」
宿に入ったハルトたちは旅の疲れを癒すべく宿の風呂を利用していた。今はちょうどハルトが先に風呂を利用して上がったところである。
「次はどっちが行く?」
「次はアリアが入るといい」
湯上りのハルトは髪を乾かしながらループスとアリアに尋ねるとループスはアリアに先を譲った。
「で、ではお言葉に甘えて……」
ループスからの善意と捉えたアリアは浴室へと向かっていった。ループスにはある思惑があり、ここまではその思惑通りであった。
「なあハルト。気になることがないか?」
「気になることって?」
「アリアのことだ。アイツの背中をちょっと見てみたくないか」
アリアの姿が浴室に消えたのを確認したループスは小声でハルトに耳打ちした。彼女もアリアが頑なに背中を見せようとしないことに気づいており、そこに何があるのかが気になっていた。
「そうだなぁ……」
アリアの背中に何があるのかをすでに知っていたハルトはループスに同調しつつもなんともいえない様子の返事をした。普段なら興味のあることに対して我先にと先行したがるハルトが曖昧な返事をしたことをループスは訝しんだ。
「何か知ってるな?」
「実は今朝アリアが寝てるときに背中を覗き見たんだ。そしたら……」
「そしたら……?」
ハルトはアリアの背中にあったものについて語ろうとしたが、その途中で言葉を詰まらせてしまった。アリアの背中に刻まれていた黒翼の紋章を思い返すと同時にあの睨まれてるような感覚を思い出してしまったのである。これ以上自分の口から詳細に語るとあの紋章が自分を食いに来るのではないかと錯覚してしまった。
「その……すごかった」
ハルトは口を濁した。とりあえず何かがあるということだけは理解したループスはそこに何があるのかを確かめるべくアリアのいる浴室へと向かっていった。
「ひやあッ!?ル、ループスさん!?」
「湯加減はどうだ?アイツの後でぬるくなったりはしてないか?」
堂々と浴室へ入り込んだループスはそれっぽい言葉を繕った。それと同時にしきりに目を泳がせてアリアの背中を見ようと試みる。
アリアもループスの視線に気づいたのか浴室の隅で小さくうずくまった。
「あの……なにか気になることでも?」
アリアに勘付かれたループスは誤魔化すのをやめて正攻法を仕掛けることにした。
「単刀直入に言う。アリアの背中を見てみたい」
「わ、私の背中ですか……」
「ああ。一度も見たことがないのでな」
ループスに頼み込まれたアリアは少しためらうように考えた後にゆっくりと身を翻してループスに背中を見せた。するとアリアの背中に刻まれた巨大な黒翼の紋章がその姿を覗かせる。
その華奢な身体からは想像もできないほどの厳つい紋章にループスは視覚的に圧倒された。
「あの……その……怖くないですか……?」
背中の紋章を見せたアリアは恐る恐るループスに尋ねた。これまで彼女の背中を見たものは例外なく恐れ慄いてきた。
『怪物』『化け物』そんな罵詈雑言を浴びせられ、気がつけばまた捨てられている。そんな記憶がアリアの中でフラッシュバックを起こした。背中にある紋章のせいでまた捨てられてしまうのではないかと想起させ、捨てられることへの恐怖で身体が震えだす。
「すごいとは思うが怖くはない。むしろカッコいいじゃないか」
ループスは片膝をつき、視線をアリアより下げて宥めながらそう答えた。これまで様々な相手と剣を交えてきたループスは肝が据わっており、外見だけで怯まされるようなことはなかった。
「心配するな。俺たちはアリアのことを絶対に捨てたりしない」
「本当に……約束してくれますか?」
「ああ、約束してやる」
念を押してくるアリアに対してループスは彼女を見捨てないことを真っ向から誓った。彼女の強い意志と善意に触れたアリアはその日からループスに強い信頼を寄せるようになったのであった。




