奴隷と狐と狼と
「ハァ……ハァ……待ってください……」
森を進む中、アリアは息を切らしながら必死になってハルトとループスの後をついていく。生身の人間であるアリアと獣の力を持つハルトとループスでは身体能力に根本的に大きな開きがあり、どんどん距離が開いていくのは当然のことであった。
後ろを振り返ってアリアとの距離が開いてしまっていることを実感したハルトとループスは一度引き返してアリアに合流し、休息を取ることにした。
「ごめんなさい……気を遣わせてしまって」
「こっちこそ悪かった。アリアが普通の女の子だってことを忘れてたよ」
大地に腰を下ろし、アリアとハルトは言葉を交わした。
「その、ずっと気になってたことがあるんですけど……」
「何?」
「ハルトさんとループスさんのその……耳と尻尾って本物なんですか?」
「もちろん」
アリアからの疑問に対してハルトは当たり前だと言わんばかりにそう答えるとアリアの前で尻尾をユラユラと左右に振ってみせた。ループスも少し照れくさそうにそっぽを向きながら尻尾を上下に揺らす。風の力などもなく動いている二人の尻尾を見たアリアはハルトの言葉に偽りがないことを理解すると同時に次なる疑問が浮かび上がる。
「お二方は生まれたときから……その姿だったんですか?」
「いや、最初は俺たちも普通の人間だったんだけどさ。魔法使いにこの姿にされたってワケよ」
ハルトは詳細は伏せつつも自分たちの姿がこうなった経緯を語った。それを聞いたアリアはどこか安心したように何度も小さく頷く。
「びっくりした……生まれつきこういう姿の人がいるのかと思って……」
「そんなわけないじゃん。そんなのいたらむしろ俺たちが見てみたいぐらいだ」
ハルトは冗談めかして笑う。
「ハルトさんは狐で、ループスさんは……犬?」
「はぁ?」
アリアの発言を聞いたループスはすかさず立ち上がるとドスの利いた唸るような低い声と共にアリアにガンを飛ばしいた。犬扱いされることはループスにとっては禁忌であった。
これまで静かに話を聞いていたループスが豹変したのを見たアリアは怯えながら後ずさる。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「待て待て待て、アリアは知らなかったんだからしょうがないだろう」
ハルトがアリアを庇うように前に出てフォローを入れた。反射的に出てしまった行動がアリアを怖がらせてしまったことに気づいたループスは我に返って再び腰を下ろした。
「さっきはいきなりすまなかった」
「ごめんな。コイツは狼なんだけど犬扱いされるとすごく怒るんだ」
「そ、そうだったんですか……」
ループスは自分の振る舞いでアリアを怖がらせてしまったことを、ハルトは自分たちの容姿の話題に触れた時点でループスの禁忌について先にアリアに伝えなかったことをそれぞれ詫びた。
アリアはさっきのループスの眼光が忘れられずに小さくなったままであった。ハルトとループス、そしてアリアは互いに少しずつ積み重ねてきた信頼が一瞬で振り出しに戻ってしまったような気がしてならなかった。
ハルトはそんな状況をどうにかすべく話題を広げようと試みた。
「そういえば俺たちはちゃんと動物っぽい特技もあるんだぞ。例えば俺なら遠くにいる人の話し声ぐらいの小さな音でもはっきり聞けるし、ループスならめちゃくちゃ鼻が利く。アリアを見つけられたのもループスの鼻のおかげだ」
「へぇ……すごいですね」
ハルトが広げた特技に関する話題にアリアは興味津々に食いついた。どうにか機嫌を直してもらえそうである。
「いいことばかりでもないぞ。鼻が利くと匂いだけで人の様子がだいたいわかるからな」
「様子がわかると、どんな風に困るんですか……?」
「人がどれぐらい風呂に入ってないかが遠くからでもわかる。嫌でもな」
「えっ……」
ループスはうんざりした様子で自身の能力の欠点について語った。嗅覚が常人よりもはるかに優れているということは悪臭による不快感も人一倍であり中でも汗や垢の匂いは特に鮮明にわかってしまうのが玉に瑕であった。常人より優れているが故の欠点を抱えているのはハルトの聴覚も同様である。
「人と違うって、大変ですね」
「まあな。そこはお互い様だろう」
ハルトとループスは森の中を進む内にアリアとの親交を少し深めたのであった。




