アリアの抱える闇
ハルトとループスがアリアと言葉を交わした日の夜、アリアはとても不安げな様子であった。
「どうした?何か怖いことでも?」
「ご、ごめんなさい……買われてた時のことを思い出すと夜は怖くて……」
アリアは過去の記憶を失ってはいるものの、奴隷の身に落ちてからのことははっきりと覚えている。夜はたいていろくでもない思いをさせられてきたため、今夜もそうなるのではないかと怯えていたのである。
これまで概ね人間として扱われてこなかったアリアの境遇を不憫に思ったハルトとループスはアリアの不安が和らぐまで寄り添うことにした。
「大丈夫。俺たちはアリアが怖がるようなひどいことはしないから」
「本当ですか……?」
「本当だ。そもそも今の俺たちにアリアをそんな目に遭わせる理由がない」
ハルトとループスの現在の旅の目的はアリアの過去を解き明かすことである。その過程でアリアに理不尽な仕打ちをする理由など皆無であり、むしろ今はアリアが自分たちに心を開いてくれるようにする方が優先度が高かった。
「優しい人……」
アリアは他人からのやさしさや愛情に飢えていた。彼女は奴隷として売られてはこき使われ、そして捨てられてはまた売られを何度も繰り返しており、その仕打ちがあまりにも理不尽だったせいで自分に向けられるやさしさや愛情に人一倍貪欲になったのである。
「ハルト……さんとループスさんは、私のことを見捨てたりしませんか?」
アリアはハルトとループスの顔色を窺うように尋ねた。彼女は好意的に扱われることに飢えているのと同時に誰かから捨てられることを極度に恐れていた。
だがそんなことをするつもりはハルトとループスには毛頭なかった。
「俺たちはアリアのことを見捨てたりなんかしないぞ」
「その通りだ。普通なら一度契約した奴隷を売り戻したり捨てたりする方がおかしいんだからな」
捨てられることに対して怯えるアリアをループスが抱き寄せた。久々に触れるひと肌の暖かさに何かを思い出したのか、アリアの双眸からは一筋の涙が伝った。
「うっ……うぅ……うあぁ……ッ!」
ループスが行動で示した無償の愛情によって自分が受け入れられていることを感じたアリアは感情を抑えきれずにループスの胸の中で声を上げて泣き出してしまった。ハルトとループスはアリアの情緒の不安定さに驚かされつつも、これまでの境遇を考えれば仕方のないことかと納得がいった。
ループスはアリアの頭を撫でて落ち着かせるように宥めた。ハルトもアリアとの距離を詰めて裏切らない意思を示す。
「ご、ごめんなさい……情けないところ見せてしまって」
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したアリアはハルトとループスに必死に謝り倒した。警戒心は解けたものの、自身を卑下する傾向は変わらないようである。
「別に気にしてないから大丈夫。それより気になったことがあるんだけどさ、アリアは謝るのが口癖なの?」
ハルトはアリアに話を持ちかけた。アリアに謝り癖があるのは出会ってからの会話の中ではっきりとわかり、この先ずっとことあるごとに彼女に謝り倒されるのもどうかと思ったハルトはその癖を矯正しようと考えたのである。
「あ……それは、その……」
「ずっと謝るのってアリアも楽しくないでしょ。だから俺たちの前で謝るの禁止。これは雇い主から奴隷への命令」
ハルトは奴隷とその契約主という擬似的な立場からアリアに命令した。契約主からの命令は奴隷にとっては絶対であり、拒否権はない。よってアリアには拒否権はなかった。
「気をつけます……」
「うんうん。難しいかもしれないけど気を付けていれば少しずつ治せるはずだから頑張ろうな」
こうしてハルトとループスはアリアの抱えているものを理解し、彼女との距離を少し縮めたのであった。




