ある森での出会い
今回から第十二章が始まります。
今回の旅の行き先は……
行く宛も特に決めない旅の途中、ハルトとループスは広大な森の中を進んでいた。そこは木が生い茂り、まともに整えられていない獣道であったが二人にはそんなことはお構いなしであった。視界は悪いがハルトは音を頼りにすれば周囲の様子を探れるし、ループスも嗅覚があるため大した問題ではなかったためである。
そんな人気のない森の中を進んでいると、ハルトは変な音を聴き取った。それは何かが呼吸をするような音であった。だがその音は人の呼吸音でもなければ草食動物でも、ましてや肉食動物でもない、未知の何かが呼吸をするような音であった。
「そう遠くない場所に何かがいる」
ハルトは未知の何かに対する警戒を強めつつもその正体を探るべく、音のした方へと向かうことにした。何分か歩き続けると、何を思ったかハルトは足を止めてしまった。ループスもそれに連動して足を止め、ハルトの様子を伺う。
「あれ?」
「どうした」
「音が消えちまったんだ」
ハルトの耳に呼吸音が聞こえなくなったのである。微弱になったや呼吸を止めたなどではなく、突然ぱったりと音そのものが消えてしまったのである。呼吸音が消えてしまうのはあまりにも不可解であった。
「そんなことあるか?」
「でもさっきの音が聞こえなくなったのは本当だぞ」
「待て、微かにだが人の匂いがする」
音は消えてしまったものの、今度はループスが人の匂いを嗅ぎ取った。それはこの場にいるハルトのものではない。すなわち他に森に誰かがいるということであった。
今度はループスが先頭に立って森の中の探索を再開した。
歩き続けることさらに十数分、ループスはついに匂いの正体にたどり着いた。
「人間……だよな?」
「まさか本当にこんなところにいるとは」
森の中に人がいるのを発見したのである。だが遠目に観察しているとどうにも様子がおかしいことに気がついた。まずまともな服を着ておらず、ボロボロの布切れ一枚で身体を覆っている状態であった。それに加えて荷物など何も持っていない丸腰であり、ただ迷い込んだだけではないことも容易に推察できた。
「あっ!?」
ハルトとループスが発見した迷い人を観察していると、数歩フラフラと歩いてそのまま力尽きるように倒れてしまった。二人は慌てて迷い人の傍へと駆け寄っていった。
「おい、大丈夫か!?」
「弱いけどまだ息がある。回復の余地はあるぞ」
ハルトとループスは倒れた迷い人を仰向けに直して状態を確かめた。身体は貧層に痩せこけており、栄養状態が悪い状態が続いているのか肌も冷たく色が悪くなっていた。しかしまだ呼吸はあり、声こそ発さないもののまだ意識は残っているようであった。
ハルトとループスは一命を取り留めさせるために迷い人に応急措置を施すことにした。開けた空間に迷い人を映し、焚火に近付けて身体を温めさせる。
「この子、女の子だったのか」
迷い人を改めて冷静に見直したハルトは迷い人が女性であることに驚かされた。顔色こそ悪いものの顔立ちはそれなりに整っており、背丈はハルトとループスの中間ぐらいであった。
「女の子がどうしてここに……?」
「そんなことは元気になったらその後に本人から直接聞けばいい」
ループスは迷い人がなぜこの森の中に一人でいたのか謎でならなかった。ハルトはそんなループスの独り言のような疑問を一蹴し、応急措置に集中させる。
身体を温め、冷えを解消したら次は栄養を取らせるための食事であった。ハルトとループスは自らの持っている食料の一部を分け与えることにした。しかし迷い人がすでに自力で物を噛んで飲み込むことができないほどに衰弱していた。
「食べてもらおうにもこれじゃなぁ……」
「なら液体にして口に流し込むぞ」
ハルトが困っているとループスは手にした食料をすりつぶすと、焚火を使って沸かした湯の中に入れてそれをかき混ぜ、少し冷ましたのちに迷い人の顎を持ち上げて少しずつ喉へと流し込んだ。この方法であれば咀嚼などができなくても喉を通らせることが可能であった。ハルトが迷い人の姿勢を安定した状態で支え、ループスがスープ状にした食料を迷い人の口の中へ小刻みに流し込んだ。
少量ではあるが栄養を摂取して状態も安定してきたのか、迷い人の息が少しだけ強くなった。まだ予断は許されないものの、体調そのものは回復に向かっているようであった。
「この子はいったい……」
ハルトとループスは焚火の傍で眠る迷い人の少女の、そのいろいろと不可解な要素に対して思いを巡らせるのであった。




