幕間:その後の人形工房
今回は第十一章の物語の本筋とは関係ない幕間の話になります。
人形祭が終わって数日後、セシルとレオナはマスカールから引き上げてプリモへと帰還していた。プリモの人々はトロフィーを手に戻ってきた二人の姿を見て大いに歓喜のムードに包まれた。
「やりましたねレオナさん!」
「レオナさんならいい結果を出せるって思ってましたよ!」
プリモの人々は口々にレオナに賛辞の言葉を贈った。レオナの人形製作の腕前はプリモの町の人々の中でも有名であり、彼女がマスカールに赴くことを知った人々の多くは好意的に受け取っていた。
「はい。というわけであなたたちには今日からこの工房で働いてもらいます」
プリモに戻った翌日、レオナは久方ぶりの自分の本来の工房でマスカールから連れ帰ってきた盗人たちを解放すると早速契約条件を言い渡した。
「貴方たちの住む家がないのでしばらくはこの工房で寝泊まりしてもらうわ。逃げようとしても無駄だから」
レオナは釘を刺すように忠告を入れた。盗人たちにとってプリモは未知の土地、おまけに道中はズタ袋に入れられっぱなしだったせいで視覚的な地理情報もまともに与えられていない。下手に逃げようとしても土地勘もない場所に丸腰で放り出されるだけであり、かえって危険であった。
「貴方はセシルと一緒に窓口担当、貴方は工房内の雑用を担当してもらうわ。雑用は私が指示するから窓口の仕事はセシルに教えてもらって」
元盗人たちはこうしてあれよあれよという間に工房の従業員にさせられ、仕事をすることとなった。
始業開始と同時に魔法人形に関する数多の依頼が雪崩のように押し寄せる。プリモにはアイム家以外に魔法使いがおらず、人形に魔力を補充できる人材が他にいなかった。そんなアイム家が不在となっていた期間の皺寄せが来ていたのである。
「窓口はまずお客さんの要件を聞いて、魔力の補充なら僕に、それ以外はレオナに取り次いでくれればいいから」
セシルは元盗人に仕事内容を簡潔に教えた。それはセシル自身がこの工房で行っている仕事内容そのものであった。
「君、もしかして新入りの人?」
「ま、まあそんなところで……」
元盗人の一人はしどろもどろになりながら与太話に応じた。彼がマスカールで盗みを働いていたことをプリモの人々は知らなかった。
「レオナがマスカールで雇ってきたんだ。これからもっと仕事が増えて忙しくなることを見越してね」
セシルも与太話に乗っかってきた。元盗人からすればそんなつもりはさらさらなかったものの、セシルは何も間違ったことを言っていないのが質が悪かった。
「そうなの。頑張ってね」
「あぁ、ありがとうございます」
人形に魔力を補充する仕事しかないために窓口に来る人のほぼ全員をセシルへと取り次ぐだけであった。
「人形の腕が破損してしまってね。レオナさんに修理を依頼したい」
そんな中、レオナに仕事を頼みに来た人物が現れた。彼はプリモの牧場の従業員である。牧場では生身の人間がリスクを伴うような作業は人形に代行させるのが当たり前になっており、人形が破損して使い物にならなくなるのは死活問題であった。
元盗人の一人がレオナに仕事を取り次ぐために工房の中を覗くと、そこには信じがたい光景が広がっていた。元盗人の片割れのもう一人が短時間の間に降りかかってきた激務に圧倒されて干物のように伸びていたのである。それはレオナの人使いの荒さを物語るには十分すぎる後継であった。
「レオナ……さん。修理の依頼が来てる」
「現物はある?」
「現物って?」
「修理の依頼だったら現物の有無はその場で確認して、じゃないと状態も見られないし作業にも取り掛かれないでしょ。さっさと確認に行って」
レオナは厳しくも具体的な指示を出して報告を入れてきた元盗人を再び窓口に向かわせた。人形の修理はレオナが工房の中で執り行われる都合上、物がなければ仕事にならず、ただ話を聞く分の時間が無駄になってしまうのである。
『これからずっとこんな人の下でこき使われるのか』
そう考えると盗人たちはこうなる因果となった行いを深く悔いずにはいられなかった。それと同時にレオナの荒い人使いにも涼しい顔をして応じるセシルのことを尊敬しつつも恐ろしく感じたのであった。
今回で第十一章は完結になります。
次回からは第十二章を開始予定です。




