どこへ行っても
「ハルトお姉ちゃんのお耳と尻尾は本物なの?」
「実は本物なんだぞ。ほら、人の耳が付いてないだろ」
「本当だー!」
路地裏の建物の壁にもたれかかり、腰を下ろしながらハルトは子供たちと話をしていた。どこに行っても子供たちから物珍しいものを見るような視線を向けられるのは同じであった。髪をかき上げて人の耳が付いていないのを見せるやり取りももう何度やったか覚えていない。
「仮装ってことにして仮装コンテストに出るけど、これはここだけの秘密だぞ」
ハルトは小声で子供たちに耳打ちした。彼女の耳と尻尾はマスカールの人たちにはあくまで仮装ということで通っているため、本物であるということは誰も知らない。もし知られようものなら大荒れになること間違いなしである。
そんなハルトに対してすっかり従順になっていた子供たちは首を縦に振った。彼らは言いつけを守ってハルトの秘密を守るつもりであった。
「……?」
ハルトの耳に男の不穏な話をする声が聞こえた。ハルトは警戒心を強め、耳をピンと立てて内容を探った。
『こんなところにいるガキが金目のものなんか持ってるわけないだろうよ』
『なければガキを直接売っちまえばいいだけのことよ』
どうやら盗人が子供を狙った強盗を企んでいるようであった。祭りで表通りに人が多い分、路地裏は目につきにくい。こういったことをするにはうってつけの場と化していたのである。
ハルトは護身のために懐から銃を抜くと弾を最大数まで装填した。
「何してるの?」
「ちょっと後ろに隠れてろ。できれば耳を塞いでな」
ハルトに言われるがままに両耳を手で覆って塞いだ。ハルトはゴーグルを着用すると銃の引き金を引いて空砲を撃ち放った。空砲は周囲の音をすべて掻き消すほどのすさまじい炸裂音を響かせる。それは路地裏に潜伏していた盗人たちを脅かすには十分な効果を見せた。
「なんだお前ら!」
得物として狙っていたところを脅かされて逆上した盗人たちが武器を手にしてハルトたちの前に姿を現した。そうなることは予想できていたと言わんばかりにハルトは装填していた弾を一度すべて排出し、新たな弾を込めて盗人たちとにらみ合う。今度は空砲ではない魔弾である。
「ほう。コイツは上玉だ」
「こんな珍しい奴。貴族にでも売ればうんと高くつくぜ」
盗人たちはハルトの地雷を踏みぬいた。彼女は金と権力を同一視する上流階級の人間が嫌いである。そんな輩の元へ送ろうとするなど冗談でも言ってはいけない言葉であった。
ハルトは直撃させないように銃口を少し上に逸らすと再び引き金を引いた。魔弾は青白い軌跡をまっすぐに描き、盗人たちの微か頭上を通り抜けると身体が痺れるほどの余韻を与えた。
「これ以上近づくなら今度は直撃させるぞ。命が惜しければさっさと失せろ」
魔弾の威力を見せつけたハルトは盗人たちにその場を立ち去るように警告した。今銃に装填している弾は岩や土塊だろうと一撃で穴をあけられるぐらいの威力がある。人に直撃すれば命の保障はないし、発射に伴う音と光が何度も発生すれば当てないにしても誰かがここに駆けつける可能性も高くなる。こうなっては盗人たちも警告に従うほかなかった。
盗人たちは恨めしくハルトを睨みつけると背を向けて逃げ出していった。ハルトはこうして盗人たちの魔の手から子供たちを守ったのであった。
「もういいぞ、お前たち」
盗人を追い払ったハルトはゴーグルを上げると退避させた子供たちを呼びよせた。すると子供たちは次々とハルトのところへと集まってくる。
「今のすごい!何をしたの!?」
「実はお姉ちゃんは魔法使いでな。悪いことをしようとしてたやつらを追い払ってやった」
「狐のお姉ちゃんカッコいい!」
魔法使いとしての力の一端を見せたハルトは路地裏の子供たちの憧れを一身に受けたのであった。




