人形祭、ハルトたちは
ついに訪れた人形祭当日、街はこれまで以上に賑やかで騒がしかった。ハルトとループスが目を覚ました時にはすでにセシルとレオナの姿はなく、居住スペースの食卓には作り置きされた料理と置手紙が用意されていた。
「人形祭、楽しんできてください。昨日のあの服を着ていてくれるとお母さん嬉しいな』
「ははは……」
母からの念入りな釘差しにハルトとループスの口から乾いた笑いが出た。この場にいないとはいえ、人形祭の会場で出くわさないとも限らない。二人は手紙に残されていた通りに昨夜のあの服に袖を通すことにした。
「うぅ……やっぱりこれ着ないとダメなのか……」
「仕方がない」
ハルトとループスはフリフリの衣装に身を包んだ。慣れない衣装は恥ずかしいが街中でレオナと出くわして詰められるよりははるかにマシであった。
二人は仮装をして人形祭で賑わうマスカールの街中へと繰り出していった。
仮装コンテストがあるとはいえ、その参加資格などを全く知らないハルトはひとまず街中の子供たちの様子を見ることにした。
「お菓子ください!」
「はいはーい。ちょっと待っててねー」
街の子供たちは人形に扮した仮装をして市民が暮らす家の玄関先で大人たちに声をかけてお菓子をねだっていた。すると大人たちは子供たちにお菓子を手渡し、子供たちはそれを自前の籠に集めてお礼を言うと次の家へと回っていく。
「なるほど、ああすればいいのか」
お菓子集めの概要を理解したハルトはループスを置いてさっき見ていた子供たちと同じように市民の暮らす家へと向かった。そして同じように玄関の戸をノックし、大人が出てくるのを待つ。
「はーい……あら可愛い!いつものアレかな?」
「アレって?」
「あら、もしかして初めて?」
「実は人形祭に来るのが初めてで……」
どうやらお菓子をもらうには合言葉が必要らしい。ハルトは直前の子供たちの会話を聴き取ってはいたものの、それを思い出すことができなかった。
「じゃあ教えてあげる。『汝に人形の加護あれ』だよ」
「汝に人形の加護あれ!」
「よくできました。じゃあこれあげる」
家の主から親切に合言葉を教えてもらったハルトはそれを唱えると家の主はハルトにパンを渡した。
「ありがとう!」
パンを受け取ったハルトはどこからともなく取り出した籠の中にそれを納めるとにっこり笑ってお礼を述べた。自分の素性を知らない人間の前で無垢なる子供を演じることは彼女の得意技である。
「本当に可愛いねー。君なら仮装コンテスト優勝間違いなしだよ」
「仮装コンテストっていうのはどうすれば参加できるんだ?」
家の主はハルトに魅了されて頭を撫でまわしながら仮装コンテストへの参加を促した。ハルトもそれに対してまんざらでもないように耳をピコピコと動かしながら仮装コンテストへの参加方法を尋ねる。
「仮装コンテストは明日特設会場ができるからそこに行けば参加できるよ」
「そっか。ありがとな!」
ハルトは最後に改めてお礼を告げると跳ねるように駆け抜けてループスの元へ合流した。ループスはその一部始終を唖然としながら見ていたのであった。
「お前あんな振る舞いできたのか……」
「あれぐらいちょろいもんだ。次行くぞ」
素に戻ったハルトはさらりと言い放つと次なる家を探してマスカールの街中を練り歩いた。
「君はすごく可愛いから特別に多めにあげる」
「耳と尻尾まで作ってすごく気合入ってるねぇ。今日は楽しんでいってね」
街の大人たちから容姿を褒められ、贔屓されたハルトはすっかりいい気分であった。愛想さえよくしていればいくらでもお菓子がもらえる、まさに入れ食い状態である。次第に籠の中にお菓子が治まらなくなってきた。
「いったん戻って休憩するか」
「そうしてくれ……」
ご機嫌なハルトとは対照的にループスはげんなりとしていた。基本的にループスはハルトの活動内容と関わりがなく、次から次へと家々を訪ね回るハルトについていくので精一杯な状態だったのである。
「ところで俺までこんな格好する必要あったか?」
「母さんがそうしろって言ったから仕方がない」
ループスは自分の格好に改めて疑問を抱くがハルトはそれを一蹴するのであった。




