人形祭前夜
人形祭の前日の夜、コンテスト用の人形の総仕上げを終わらせたレオナはようやく訪れた人形製作以外に割ける時間を満喫していた。
「そういえばね。今度アルバスが帰ってくることがあったら着せたいなーって思ってここに来た日に買った服があるのよ」
レオナは唐突にそう語ると工房の居住スペースから何かを取り出してきた。それは我が子に贈るためにマスカールに着いたその日に購入した衣服であった。
「へぇー、どれどれ」
ハルトとループスは喜んでそれの中身を覗き込んだ。するとその喜びはどこへやら、二人の顔から血の気が引いていく。
「人形祭の仮装の時に着る服なんだってー。可愛いでしょ?」
レオナが購入した服はハルトが苦手としている所謂『フリフリの衣装』であった。ハルトの脳裏には過去のとある一件が過る。
「せっかくだから着てみてよ」
レオナはハルトとループスに期待の眼差しを向けた。その後ろではセシルもニコニコしながら見守っている。
いくら苦手な服とはいえ、家族から期待を寄せられてはそれに答えざるを得ない。ハルトはやむを得ず出された服に袖を通した。
「こ、これでどうだ?」
数分後、着替えを済ませたハルトはセシルとレオナの前に姿を見せた。普段の彼女の趣向とは全く異なる淡い赤色のドレスが目を引いた。
「似合ってるよ」
「可愛い~。これで明日の仮装コンテストに出れば優勝間違いなしね」
ハルトは思い出した。明日から始まる人形祭は人形師のコンテストだけでなく、仮装した子供たちを対象にしたコンテストもある。レオナはあわよくばその部門も我が子を使って制そうと考えていた。
「いや、それは……」
「着るのよ」
「えっ」
「明日はこれを着てコンテストに出るのよ」
レオナはハルトの肩に手を置いて語り掛けた。フリフリの衣装を着るのが苦手なハルトは母からの圧力に冷や汗が止まらない。逃げようにもレオナの力が想像以上に強いせいで逃げられそうにもない。
「せっかく可愛い女の子になったんだから目いっぱい可愛い恰好をしてこの街の歴史の一部に名を残すの。せっかく元がいいんだからそれを活かさない手はないでしょう」
めちゃくちゃな物言いをしつつもこちらを立ててくるレオナに対してハルトはいよいよ逃げ場を塞がれてしまった。だがレオナからすればハルトがフリフリの衣装を苦手としていることは知り得ない事象であったため、服を選んだのは完全なる善意のつもりである。ハルトもそれを理解しているため断ろうにも断れなかった。
「うぅ……」
ハルトはスカートの裾を掴み、耳を伏せて俯いた。恥じらいの感情に溢れ、それを表現するように尻尾がクルリと内側に巻かれて先端がチラチラと揺れる。
「ところでループスちゃんは?貴方の分もあるんだけど」
「お、俺のですか」
「そう。貴方も着るの」
ハルトの様子を眺めていたループスにレオナから白羽の矢が立った。ループスはハルト以上に『かわいい服』を着るのが苦手である。しかしここは自分を家族として受け入れてくれたレオナからの頼みということもあり、ループスもそれに答えざるを得なかった。
「着てみたんですが……どこか変なところはないですか?」
ループスはレオナが買ってきた服を身に着けたものの、どうにも落ち着かなかった。ハルトのそれと比べるとスカートの丈はより長く、灰色を基調とした色合いは幾分か大人っぽい印象を与えた。
ハルトはこれまで見たことのないループスの姿に衝撃を受けて開いた口がふさがらなかった。
「素晴らしい!ループスちゃんも明日それを着て歩きましょう。アルバスと一緒に並んで歩けば素敵に違いないわ」
レオナは慣れない衣装に戸惑うループスを絶賛し、それと同時に人形祭当日にハルトと二人で街を歩くように言い渡す。当日はレオナとセシルはコンテスト周りのことで忙しく、中々子供たちに顔を合せに行けない。だが腕っぷしの強いループスを護衛につけておけば知らない街の祭りであってもハルトのことは問題ないだろうという算段であった。そもそもハルト自身も魔法使いであるため、多少の荒事が許されるのであれば自衛は問題ない。
めちゃくちゃな行動をしつつも、自分たちのことを考えていることが窺えるレオナにハルトたちはただただ翻弄されるばかりなのであった。




