心ない言葉
ハルトが喫茶店に急いで戻って来た時、その場の空気は最悪になっていた。
半ば暴徒と化した大人たちが十数人がかりで店内に押し寄せてきていたのだ。きっと広場で遊んでいる子供たちの両親である。
口々に罵詈雑言を飛ばしながら押し寄せる大人たちと、それに対して店を荒らされまいと必死になって抵抗するフィリアとそれに同調する常連客の声がわずかながらに聞こえてきた。
『これはかなりマズい』
反射的にそう感じ取ったハルトは店の裏口に回った。今の彼女の力では真正面から大人たちの隙間を通り抜けるのは無理であった。
「おいおい待ってくれよ!?」
裏口から店内に回ったハルトは精一杯の声を張り上げて暴徒たちとフィリアの間に割って入った。突如として現れた子供の姿に大人たちはいっせいに動きを止め、ハルトに視線を集中させた。
「なんでこんな騒ぎになってるんだ?」
「お嬢ちゃん、その女から離れろ。そいつは子攫い女だぞ!」
暴徒と化していた大人の一人の中年の男がハルトにそう忠告した。その発言が間違いであることはハルトにとっては明白であった。何しろ彼女はこの中にいる人物の中で最もフィリアを間近で見てきたのである。
「はぁ?ただの喫茶店のおばさんじゃねえか」
「そいつは食べ物で子供をつって攫おうとしてたんだ。君もすぐにここから離れた方がいい」
実に手前勝手な解釈だった。大人たちはフィリアを子攫い女だと決めつけようとしていたのだ。彼女は断じてそんな存在ではない。ハルトはフィリアを擁護するために強気な反論を続ける。
「違う。おばさんはただ単純に子供たちに自分の作ったものを食べてもらいたかっただけだ」
「どうだろうな。それなら自分の子供にでも振舞えばいいだろう」
その心ない言葉がハルトの怒りの琴線に触れた。ハルトは頭上にずらしていたゴーグルを装着すると懐から銃を抜き、躊躇なく引き金を引いて暴徒と化した大人たちの頭上に向けて魔弾を一発撃った。
弾丸から解放された魔力は赤色の光弾となって店の壁をいともたやすく貫き風穴をあけ、その余波はその場にいた人間たちの肌に痺れるような感覚すら覚えさせた。
「俺の言い分をちゃんと聞け」
ハルトは耳を絞って尻尾の毛を逆立て、魔弾の余韻で紫電が走る銃口を暴徒たちに向けながら脅しをかけた。装填された弾はあと四発、彼女の気分次第でいつでも発射可能な状態であった。
「勝手に食い下がるような真似してみろ、今際の言葉の残さず消し飛ばしてやる!」
銃の威力を至近距離で見せつけられた暴徒たちは瞬く間に委縮して大人しくなった。それと同時にフィリアたちもハルトの攻撃的な姿にただ茫然と言葉を失う。
「おばさんも昔は自分の子供がいたんだ。今は病気で死んじまったらしいけどな」
ハルトはフィリアの身の上を語った。脅しの効果もあり、大人たちは黙ってそれを聞き入れる。
「お前たちに子供の成長を見届けられなかった親の気持ちがわかるか?わかりもしねえのにおばさんのことを言いがかりつけて責められるのかよ」
身勝手な言いがかりをつけてフィリアを責めた大人たちにハルトは怒りをぶつけた。彼女は主張の最中で感情がこみ上げて引き金にかけた指に力が入りそうになるのをじっと堪え続けていた。
「し、しかし我々は……」
「おばさんは断じて悪い人じゃない。ただ子供たちの成長する姿を近くで見守っていたいだけなんだ。そこに言いがかりをつけて店を荒らしているお前たちの方がよっぽど悪人じゃねえか!」
『君のための思って』その言葉すらも遮ったハルトにそう断言された大人たちは何も言い返せなかった。実のところ、本当は子攫い女なんて実在せず、子供たちに言うことを聞かせるための口実として作り出された存在であることは彼らも薄々は理解していた。
そんな都市伝説に踊らされ、フィリアは子供たちを集めているというだけで攻撃の的にされたのだ。標的を排除するという大義名分に目が眩んで大人たちは客観的にものを見られなくなっていた。
「自分たちに非があると思うものは俺が三つ数えるうちにさっきの非礼をおばさんに詫びろ。ひとーつ!」
謝罪の催促と同時にハルトはカウントダウンを始めた。大人たちは鈍く光る銃口に死の恐怖を過らせる。圧倒的な力を見せつけられては流石に大義よりも命の方が惜しかった。
「す、すみませんでした……」
「私たちが間違っていました」
「こんなことはもう二度としません」
暴徒と化していた大人たちは次々に膝をついて頭をたれ、口々にフィリアに自らの非礼を詫びた。対するフィリアは傷心したまま、言葉もなくただ涙を流すのみであった。
「謝罪が済んだら速やかにこの場を去れ、即刻だ!」
ハルトが再度圧をかけると暴徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。鎮圧を完了したハルトは逆立てていた毛を鎮め、静かに銃を持つ手を下ろした。
「ごめんねハルトちゃん……」
「済まないね。おかげで助かったよ」
フィリアや騒動に巻き込まれた少数の常連客たちはハルトにお礼を告げた。常連客の中には身体に痣を作っている者もいた。どうやらハルトが駆けつける前に暴力を振るわれたらしい。
「俺はただおばさんを助けたかっただけだ。店の片づけ手伝うよ」
ハルトはそれ以上のことは言わずに散らかった店内の清掃を始めた。ほとんどは暴徒たちの仕業とはいえ、店の壁に穴をあけたのは自分である。せめてそれ相応の罪滅ぼしをしたかった。
「威力がありすぎるのも考え物だな……」
ハルトは掃除をしながら独り言を零した。大掛かりな魔法を詠唱を簡略化して使用するという元々のコンセプトに合致してはいたがその威力があまりにも余剰であった。これでは護身用としては過剰である。対人用に使用する弾はその威力を考え直す必要があった。
「何を言ってるんだ?」
「こっちの話だ。気にしなくていい」
独り言を聞いていた常連客の気を逸らし、ハルトは壁の修繕に取りかかった。何も知らない子供たちが来る前までには店を綺麗にしておきたかった。
大多数を前にしては対話だけでものを解決することはできない。絶大な力がなければ対話の糸口すらも掴めない。
その現実を目の当たりにしてハルトはセンチメンタルな気分になるのであった。