ハルト、モデルになる
レオナとハルトはユリエスに招かれ、彼の工房の中へと足を踏み入れた。
「貴方の作品は?」
工房の中を見たレオナはユリエスに尋ねた。工房の中には人形を作るための材料や道具こそ見当たれど作品のサンプルなどが一つも見当たらなかった。レオナにはそれが不思議でならなかったのである。
「ここには作品は一つもないよ。完成したものを手元に残すとそれにずっとこだわってしまいそうでね」
完成したものを手元に残さないのはユリエスの拘りであった。芸術家としては立派な思想なのかもしれないが『それを手元に置いておけば作品のアイデアに悩まずに済むのでは』とハルトは思わずにはいられなかった。
「じゃあ狐の子には早速手伝ってもらおうか」
「あー、一応俺ハルトっていうんだけど」
「申し訳ない。じゃあこれからハルト君と呼ばせてもらおう」
ハルトから一日越しの自己紹介を聞いたユリエスはすぐに呼び方を改めた。
「原型を作るからそれに合わせるためのポーズを取ってほしい。ハルト君、ちょっとそこに座ってみてくれ」
ユリエスはハルトに手伝いの内容を指示した。その指示とは人形の骨となる針金に形をつけるための参考にするためのモデルになることであった。
「椅子とかないけど……」
「無論、そこの床に直で座ってくれ」
ハルトはユリエスからの指示に困惑した。とりあえず言われたままに腰を下ろし、床の上で胡坐をかくとユリエスはなんとも渋い表情を見せた。
「何か間違ってるか?」
「違うね。足を開いて伸ばしてみて」
どうもユリエスが求めているポーズとずれているらしく、ユリエスはそこからさらに具体的な指示を出していく。ハルトは出された指示を反映させ、胡坐をかいていた足を開いて軽い前傾姿勢でぺたんと座り込んだ。するとユリエスはさっきまでの表情が嘘のように明るくなり、針金を手元に手繰り寄せるとそれを折り曲げて形を作り始めた。
「いいねいいね。しばらくその姿勢を維持して」
ユリエスはハルトの姿を凝視しながら針金を折り曲げ、鋏でカットしてはまた折り曲げて編み込んでを繰り返す。レオナは針金を使った人形製作のスピードに目を疑った。作業に取り掛かって数分程度ですでに足の一本が出来上がっていたのである。その速さたるや、あと三日しかなくても間に合うというのも嘘ではないと思わせるほどであった。
作業開始からものの十数分で人形の骨組みを完成させたユリエスだったがどこか気に入らないような様子で自分で作り上げたそれを眺めていた。そんなこともいざ知らず、ハルトは楽な姿勢を取りながらため息をついていた。
「何か違うな……もう一個作るか」
「えぇー!?」
ハルトの災難は終わらなかった。ユリエスは人形につけるポーズが気に入らなかったのかリテイクを要求してきたのである。
「今度は膝を外側に折ってみて」
「こ、こうか……?」
「それでいい。そのままを維持して」
ハルトが所謂『女の子座り』に姿勢を変えるとユリエスはそれだと言わんばかりにハルトを制止させた。そして再び手を動かし、針金を使って骨組みを組み上げていった。
「可愛いわよーアルバス」
レオナはポーズを取るハルトに褒め言葉を贈った。普段から社交辞令的に可愛いと言われることには慣れているハルトだったが、実の親に対面で可愛いと言われることには流石に恥ずかしさを覚えた。顔が赤くなり、耳を伏せて尻尾を上下にパタパタと揺らす。
「動かないで……まあこれはこれでいいか」
ポーズを取っている最中に動いているハルトを咎めようとしたユリエスだったが何を思ったかそれを撤回して作業に集中した。
こうして、ハルトは日が暮れるまでユリエスの人形のモデルを務めさせられたのであった。




