アイム家の工房にて
レオナとハルトがユリエスを探してマスカールの街を回っている頃、セシルとループスは工房の周辺で思い思いに時を過ごしていた。一日自由にしていていいとレオナから言われたものの、二人は特にこれといってやりたいことがなかったのである。
セシルはループスの剣術修行を傍から眺めていた。ループスの剣技は素人目に見てもわかるほどに見事なものであった。
「ループスちゃんはいつから剣術を?」
「物心ついたころから。いろんな人の教えを受けながら作り上げた自分の技です」
ループスは学校に入る以前から父の手によって剣術を仕込まれていた。父の剣術を基底に彼を取り巻く関係者たちから様々な教えを受けながら磨き上げたループスだけの剣技であった。彼女は日夜それを研鑽する努力を惜しまない。
「その剣……どこで手に入れたの?」
セシルはループスの持つ魔法剣に興味を示した。剣戟の軌跡を描く赤く透き通った刀身はセシルの視線を惹きつけてやまなかった。
「プル・ソルシエールの鉱山です。最初は赤い魔法石だったんですが、俺が手に取ったらいきなりこれに変わって……」
「ふーん。不思議なこともあるものだねぇ」
セシルとループスが話に花を咲かせているところ、誰かが工房の正面玄関をノックする音が聞こえてきた。工房の主の助手としてセシルが応答に出た。
「はい」
「レオナ・アイムさんの工房というのはここで間違いないですか?」
「ええ、そうですよ」
玄関先で待っていた中年の男に工房の主を尋ねられたセシルはありのままにそう答えた。
「ここに狐の女の子がいると聞いたのですが」
「アルバ……狐の子は今ここにはいませんが代わりに狼の子ならいますよ」
セシルがそう言うと工房の奥からループスが姿を現した。ループスは男の顔を見るなり男を睨みつけ、警戒心を強めた。
「ひっ……!?」
中年の男=ユリエスはループスに睨まれて思わず委縮した。先日剣を向けられた光景が鮮明に脳裏を過ったのである。
「ループスちゃん。この人と知り合い?」
「この人がユリエスです」
ループスから男の正体を聞いたセシルは驚きで飛び上がりそうになった。街一番の人形師が自ら赴いてくるなど思いもしなかった。
「これはこれは。ここで立ち話をするのもなんですし、上がっていってください」
セシルはユリエスを工房の中へと招いた。ユリエスは言われるがままにレオナの工房へと足を踏み入れていった。
「貴方がレオナ・アイムさんですか?」
「違いますよ。レオナは私の妻です」
「なんと。女性の人形師だったとは……」
ユリエスは驚かされた。マスカールで有名な人形師は彼を含め、そのすべてが男性である。それは決して人形師の道が男性にしか開かれていないからではなく、人形製作は手先の器用さ以上に作業を継続できるだけの体力が求められるからであった。
「で、そのレオナさんは」
「今は出かけていますよ。ちょうど貴方を探しているみたいでね」
セシルはユリエスとレオナが入れ違いになったことを説明した。似た者同士、やることは同じであった。
「きっと妻のことですから、貴方がここを訪ねてきたことをどこかで聞きつけて戻ってきます。ですから妻に会いたければここで待っているのがいいですよ」
セシルは笑いながらユリエスにそう告げた。それは妻の行動力や性格を長年の付き合いの中で熟知した彼だからこそ出せる言葉であった。
「あの……」
「あっはい」
ループスが声をかけようとするとユリエスは目をキョロキョロさせながら応答した。どうやら苦手意識が強く残っているようであった。
セシルとループス、そしてユリエスの三人は若干気まずい雰囲気を漂わせながらレオナとハルトの戻りを待つのであった。




