小間使いと人形製作
「さぁ、今日も一日頑張りますか!」
一家揃っての朝食を終えるとレオナはさっきまでのだらけた様子から一変してやる気を出し始めた。彼女は朝食を取るとスイッチが入る人間であった。
「ループスちゃん、これの買い出しに行ってきて。工房を出てすぐのお店で全部買えるから。アルバスとお父さんは食器を洗って片づけたら洗濯物をお願い」
スイッチが切り替わったレオナは矢継ぎ早に他の家族に指示を出すと返事を待つことなく工房の作業場へと向かっていった。あまりの豹変ぶりにハルトとループスは唖然とするばかりであった。
「これ今まで全部父さん一人でやってたのか?」
「そうだけど」
「すげえな……」
これまでまともに家事をこなしたことがないハルトにとって立て続けに舞い込んでくる家事は激務であった。一方でセシルは何ともないようにレオナの小間使いをこなす。
「母さんは今までこれ以上の量の家事を一人でやってきたんだ。だから今は母さんがやってきた分をアルバスたちがやってやらないと」
セシルは洗濯した衣類を脱水させながらハルトにそう言い聞かせた。炊事、洗濯、掃除、これらはレオナが人形製作を始める前はすべて彼女が担っていたのである。ハルトは母がどれほどの仕事をしていたのか、その一端を初めて体験したのであった。
「ただいま戻りました」
買い出しを終えたループスが工房に戻ってくるのが音を通してハルトに伝わった。ハルトはこれまでろくに一人で買い物をしたことのないループスに買い出しができるのかと不安だったがそれは杞憂に終わったようである。
「お父さん、アルバス、ループスちゃんを手伝ってあげて」
レオナから指示が飛び、ハルトとセシルはループスの元へと向かった。
「すっごいなこれ」
「俺じゃなきゃ無理だったってわけよ」
ループスは正面がまともに見えなくなるほどの大荷物を抱えていた。人形の材料になるということもあり、その総重量はかなりのものである。レオナが買い出し要員としてループスを選んだのも納得であった。
ハルトとセシルはループスの抱えている荷物の一部を負担するとそれをレオナの元へと運んでいった。
「ご苦労様。材料はそこに積んでおいてね」
レオナは作業に集中して首を動かさないまま三人に指示を出した。ハルトは母が人形を製作している現場を初めて目撃し、普段の人物像とは全く違う職人ぶりに衝撃を受けた。それと同時に自分が機械をいじっているときの姿勢とそっくりであることに気が付き、自分の気質が母親譲りのものであることを理解したのであった。
「しばらくは作業に集中してるからお母さんの声が届く場所で好きにしてていいわよ」
レオナはしばらくは自分が仕事を振れるような状態ではなくなることを告げた。それは三人にとっては束の間の休息の訪れを意味していた。
セシルは寝室へと向かい、ハルトとループスはレオナが作業している様子を一歩距離を置いたところから興味深く覗き込んだ。
レオナは人形の目に彩色を施しているようであった。実際の人の目と変わらない大きさの球体に筆を走らせ、ほんのわずかに色を付けたかと思えばその都度細かく色を変えて塗り分けていく。それがコンテストに出展するものということもあり、レオナのすさまじいまでの拘りが窺えた。
「細かいところへの拘り方はお前と一緒だな」
ループスがハルトに小声で耳打ちする。彼女の目には今のレオナの姿が機械をいじるハルトの姿と重なって見えたのである。普段は仕事用の道具として人形を製作しているレオナだったが今回は別、見栄えを重視した人形を作る彼女の姿はまるで芸術家のようであった。
「アルバス、ループスちゃん、ちょっと見てもらってもいい?」
レオナは自分の彩色が他人目にどう見えているかを確かめるべく、ハルトとループスに声をかけた。レオナに声をかけられた二人は言われるがままにレオナとの距離を詰めるのであった。
 




