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ケモミミTS魔法少女は何を見る~俺は天才だ!~  作者: 火蛍
10章 辺境の街グラーシャ
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ご馳走を振舞う

 料理人の老爺が仕込みを終えたという連絡が入ったその日の夕刻、ハルトとループスは誘いに乗った人物たちと一緒に料理人の待つ店へと訪れた。今日のために店を貸し切りにしてくれていたのである。


 「熊食べさせでくれるなんて気前のいい子だぢだ」

 「いいごどもあるものだね」


 誘いに応じたのは二人をグラーシャに訪れた初日に匿ってくれた老夫婦、レジスタンスの仲間だったホーク、アレク、ブレンとあともう一人。

 

 「お前を呼んだ覚えはないんだが」

 「熊を食したことがなくてな。そこにいるブレンから聞きつけて勝手に来させてもらった」


 かつての仇敵、フラムが誘われるまでもなく同行してきたのである。老夫婦は彼女の正体を知らなかったがそれ以外のメンバー、特にブレンは気まずそうにしていた。


 「まあいい。肉は大量にあるからな」


 ループスがその場の空気を流すと店の中に足を踏み入れた。するとそこでは昨日の料理人が巨大な土鍋をテーブルの中央に構えて一行を待っていた。老爺は熊鍋を作っていたのである。

 土鍋の中はグツグツと音を立てて煮立ち、湯気が立ち上っていた。湯気に乗って食欲をそそる香りが一向の鼻に届く。


 「ああ、懐がしい匂いだ」

 「若えごろにあんたに食べさせでもらったの思い出す」

 

 老夫婦は昔を思い出して懐かしむような口ぶりを見せた。若いころに熊肉を口にした経験があるらしく、それは二人にとって思い入れがあるもののようであった。


 「いづでも食えるぞ。今日は好ぎなだげ食っとぐれ」


 店主兼料理人の老爺が一言かけると、それに応じるようにハルトたちは鍋の置かれたテーブルを囲んだ。


 「今日集まってもらったのはこの街で俺とループスが世話になった人たちだ。フラム以外はな。これは俺たちからのお礼だ。だから遠慮なく食べてくれよ」


 ハルトが音頭を取るとその場にいた一行は思い思いに鍋をつつき始めた。八人がかりで取り分けられた鍋の中身は一瞬で半分ほどに減った。


 「柔らかッ……!?」


 ハルトは鍋の中の熊肉をつまむとその食感に驚かされた。これまで食べた熊肉はいずれも硬く、同じ食材を使っているとは思えなかった。これも老爺の言っていた『仕込み』の賜物である。


 「初めて食べましたが美味しいですね」

 「まさかあの熊をこんな風に食べられるとはな」


 ブレンとホークも舌鼓を打つ。これまで脅威としか見られなかった熊が食肉として利用できることを知らなかったらしく、現地の人にもなじみがないことが窺えた。


 「ふむ……これはなかなか」


 そんな中、フラムは初めて食べる熊肉の味に関心を寄せていた。彼女もまた熊を食べることができる動物だと認識したことはなく、それがより彼女の中の驚きを引き立てた。


 「料理人よ、他の食べ方はあるのか」

 「あるぞ。ちょっと待ってろ」


 フラムに呼びつけられ、熊鍋以外の料理の存在の有無を尋ねられた老爺は淡々とそう答えると厨房の奥へと消えていった。フラムはまだ見ぬ食への道楽に心を躍らせた。

 老爺が調理している間、一行は鍋をつまみながら各々の語らいを見せ、やがて大人たちは酒を交えるようになった。


 「お待ち。熊の味噌煮とステーキだ」


 十数分後、再び厨房から現れた老爺はさらなる熊肉料理を振舞った。ハルト、ループス、フラムの三人は目を輝かせ、さらにハルトとループスは尻尾を大きく振る。

 そんな様子をアレクや老夫婦たち年長組は微笑ましい様子で見守っていた。


 はじめは熊料理を堪能していたハルトとループスだったが次第に酒の勢いで年長組の悪乗りが目に付くようになっていった。老夫婦はたしなむ程度で済ませていたものの、ブレン、ホーク、アレク、フラムの四人が料理を食べながら酒を進めるせいで酔いが回り始めていたのである。

 

 「ループスちゃんは飲まないの?」

 「いや、俺はまだそういう歳じゃ……」

 「へぇー、今いくつなの」


 年長組は酒を飲まないループスに絡み始めた。ループスは外見だけを見れば大人の女性だが彼女はまだ飲酒の適齢に達してはいない。それを理由にやんわりと断ると今度は年齢を尋ねてきた。

 酒臭い上にデリカシーに欠けた発言にループスは幻滅せざるを得なかった。


 さらに数十分後、悪酔いが過ぎた大人たちは店の中で大の字になって眠り始めてしまった。素面でい続けたハルトとループスは年長組のあまりの酒癖の悪さにただ唖然とするばかりであった。

 

 「悪いな。俺たちが連れてきたのがこんなになっちまって」

 「気にするな。ここの酒は特別強いものになってっから仕方がねぇ」


 図らずも店の風紀を悪くしてしまったことに対してハルトが詫びを入れると料理人の老爺は諦観にも似た反応を返した。グラーシャの酒は寒さに耐えられるように度数が強くなっており、非情に酔いが回りやすくなっていた。それを知っている老夫婦はあまり多くを口にせずゆっくりと飲むようにしていたのである。


 「今日はどうも。ごぢそうさま」


 老夫婦は会食の場に誘ってくれたハルトとループス、熊料理を提供してくれた老爺にそれぞれお礼をすると軽く酔いの回った足で多少ふらつきながらも二人で足並みを揃えて帰っていった。


 「こいつらどうすればいい?」

 「放っておげ。その内さみぐなって目覚ます」


 酔いつぶれた大人たちをどうすればいいかループスが尋ねると老爺は放置を決めた。店主がそう言うのならそれでいいかと考えることにした二人は老爺にお金を差し出した。貸し切り代と酒代、そして迷惑料の意味合いもあった。


 「これで足りるか?」

 「いい肉提供してくれだがら酒代ぐらいはまげどいでくれる。酒代は後であいづらに払わせればいい」


 老爺の好意で酒代をまけてもらったハルトとループスは残りの代金を支払うとそっと店を後にした。年長組が目を覚ました後のことはあえて考えないことにした。

 


 「あとであの爺さん怒るんだろうなあ」

 「いつか酒を飲むことがあってもああはならないようにしたいものだな」

 

 店を出たハルトとループスはそそくさと拠点とする冒険者ギルドへと戻っていった。

 かくして、今回の晩餐会はよくも悪くも印象深いイベントとなったのであった。

次回、幕間の話を一本挟んで第十章は完結となります。

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