不安な夜は
その夜、ハルトは不安に駆られて眠ることができなかった。眠っている間にもフラムがやってくるかもしれないという恐怖心が拭いきれなかったのである。彼女が近頃不眠に悩まされているのを間近で見ているループスは今の状態があまりにも不憫だと感じ、何かできることはないかと考えた。
「……何してんの?」
「お前の背中を守ってる」
ループスは横になっているハルトの尻尾を持ち上げてその下に潜り込むと脇腹を通して彼女の腹に手をまわした。もっともらしい言い分をつけてはいるものの、要は普段のように密着しているだけである。
「離れろ。ただでさえ冬毛で暑苦しいんだからさ」
「前にプリモの子供たちから聞いたことがある。悲しいときや不安な時、子供たちはこうやって親に抱きしめてもらうそうだ」
ループスはプリモに滞在している間、子供たちに剣術を教える傍らでその子供たちから庶民的な話を聞く機会が何度かあった。その中で子供たちなりの不安などへの対処法の話があったことを思い出したループスはそれを形から実践したのである。
「俺にはこうしてくれる母親はいないし、父もこんなことをするようなする人間ではなかった。だから本当に効果があるのかはわからんが、こうして少しでもお前の不安が和らぐなら俺はいつまでだって傍にいる」
「……そうかよ」
ハルトは口ではぞんざいに扱ってはいるものの、内心ではループスの献身にはとても感謝していた。彼女の言う『背中を守る』はハルトにとっては信頼に値する言葉であった。
「お前がいてくれてよかった……傍にいてくれてありがとう」
「そう言ってもらえて何よりだ」
ハルトはベタな言葉でループスに感謝の気持ちを伝えた。ループスの体温を肌で感じ取ったことで一定の安心感を確かに得ることができたのである。感謝の言葉に対してループスも満更でもない返事をする。
外の音は絶えず聞こえ続けるが、すぐ後ろにいるループスの心音に意識を傾けることで一時的にではあるがフラムの呪縛から逃れることができるような気がした。
暖房で温まったレジスタンスのアジトの中でハルトはループスの腕に抱かれ、彼女の胸を枕にしながらまどろみに身を委ねて静かに寝息を立てるのであった。




