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ケモミミTS魔法少女は何を見る~俺は天才だ!~  作者: 火蛍
10章 辺境の街グラーシャ
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痺れを切らす

 フラムが本腰を入れてハルトとループスを潰しにかかったのと同時に雪空の会の信徒たちが横暴さを強め始めた。雲隠れしたハルトたちが市民の家に潜伏していないかを確かめるために市民の家に強引に上がり込んで捜索をするようになったのである。


 ハルトは一家屋の地下に築いた空間に潜伏していても音伝手に地上の様子をある程度探ることができた。無辜な市民たちが過激派の信徒たちの横暴に晒される音を聞くたびにハルトは神経を擦り減らす。何日か経っても絶え間なく続く雪空の会の捜索に対してストレスを抱え込んだハルトは次第に満足な眠りにつけなくなっていった。


 「耳栓でもするか?」

 「前に試したけどそれでも聞こえたから無駄だ」


 気休めの言葉をかけたループスに対してハルトは諦め半分に経験を語った。あまりに鋭敏な彼女の聴覚は耳栓で遮断できるようなものではなかったのである。

 

 「もうダメだ。こっちから仕掛けるしかない」


 雲隠れを続けることに限界を感じたハルトは直接フラムを潰すことでこの状況を打開しようと試みた。その判断が明らかに血迷ったものであることはその場にいた誰もがわかった。


 「落ち着け。今突っ込んだら確実に負けるぞ」

 「じゃあどうすればいいんだよ!」


 ハルトは気が立っていた。連日蓄積したストレスを吐き出せず、寝不足も祟っている状態であれば感情的になりやすくなるのも当然ともいえた。

 親友の自分以上に追い詰められている姿を見たループスは心を痛め、どうにかしてやりたいと考えた。


 「それは……」


 ループスはすぐにその答えを出したかったが言葉を詰まらせてしまった。ループスも何も考えずにぼんやりと雲隠れをしていたわけではない。しかし彼女の中にある現状を打開できそうな策はどれも不利な博打をするようなものばかりであり、面と向かってハルトに勧められるようなものではなかった。


 「俺はやるぞ」


 言葉を詰まらせたループスを置き去りにし、ハルトは一人で突っ走って行ってしまった。しかしどれだけ邪険に扱われようともハルトのことを見捨てられないのがループスという人物である。ループスは危険を承知の上でハルトの後を追いかけた。


 「大変だなぁ、狼の嬢ちゃんも」


 ループスの後姿にホークはどこか哀れむような感情を抱くのであった。



 「出てこいフラム!」

 

 ハルトは感情をぶつけるように叫び散らしながら雪空の会の教会に乗り込んだ。街のど真ん中に目立つように建立されている教会は道を聞かなくても一発でわかる。そしてフラムが以前言っていたことが真実であるならば彼女はここにいるはずであった。


 「来てくれたのね」


 なぜか信徒のいない教会の奥からハルトが来るのを待ちわびていたかのようにフラムは現れた。何度か顔を見せたときとは異なり、今の彼女は顔の上半分を覆い隠す仮面をつけている。一個人ではなく、雪空の会の統率者としての対面するという意思表示の表われであった。


 「お前のせいで散々な目に遭っているんだ!もう終わりにしてやる!」


 ハルトは威勢よく啖呵を切ると懐から銃を抜いてフラムに銃口を向けた。フラムは仮面の奥の瞳でハルトの持つ銃をまじまじと注視する。噂に聞いたものであるとすればその威力は本物である。まともに食らえばひとたまりもない。

 

 「イージス」


 フラムは詠唱を完了させると防御の魔法陣を展開した。そんなこともお構いなしにハルトはフラムに向けて引き金を引いた。銃口から魔力が迸り、フラムに向けて高威力の魔法が放たれる。


 「……ッ!?」


 ハルトは目を疑った。魔法を回避すらしていないにも関わらず、フラムには傷どころか埃一つついていなかったのである。これまで撃てば何かしらの成果を上げてきた魔弾がまったく通用していない光景を目の当たりにしたハルトは激しく動揺した。


 「どうした?まさかそんな程度で終わりではないだろう」


 フラムは防壁を展開したままハルトに歩み寄る。ハルトは後ずさりしながら射撃を行うものの、やはりフラムには全く効果がない。

 

 「やめろ……来るな。こっちに来るな!」


 すっかり怖気づいてしまったハルトは足をもつれさせて後ろに倒れこんだ。気が付けば教会の壁面が背中につき、退路を断たれていた。眼前に迫る恐怖を前に耳を伏せ、尻尾を丸めて視界からフラムを消すように目を伏せた。


 「そんなに怖がることはない。私の顔に免じてお前を赦してやってもいい」


 フラムはハルトの顎を持ち上げ、強引に目を合わせると甘い言葉を使ってハルトに誘いをかけた。


 「ハルト・ルナールブラン。お前も雪空の会を信じてみないか?そうすればこれまでの信徒たちへの仕打ちを不問にしてやってもいい。私の率いる信徒たちの半分をくれてやってもいい」


 フラムはハルトに対して仲間になるように持ち掛けた。彼女はハルトを潰すつもりだったが決して殺すつもりはない。できることならむしろ仲間に引き入れてこの街における自分の体制をより強固なものにしようと画策していた。

 しかしハルトはわずかに残った反抗精神からその首を横に振った。


 「なぜ認められぬ。これほどに良い条件は早々にないと思うが」

 「認めたら……俺の負けだろうが……」


 ハルトは精一杯の意地を張る。フラムの要求を飲めばそれはすなわち敗北を認めるも同然であり、それだけは断固としてあってはならなかった。


 「残念だ。そうであればここで潰えてもらうしかない」


 フラムはハルトの顎を持ち上げたまま彼女の眼前で指先に魔力を集中させた。この至近距離では回避のしようがない。ハルトの脳裏に『死』が過った。


 「さらばだ。ハルト・ルナールブラン」


 フラムがとどめを刺そうとした次の瞬間、真っ赤な軌跡がフラムとハルトの間を遮った。フラムがその軌跡の先を目で追うと、そこには狼の少女の姿があった。


 「うちのハルトに手を出すなら誰であろうと容赦はせんぞ」


 剣の切っ先を向けたままループスはフラムを威嚇する。剣は魔力を纏って赤く発光する。まともに触れれば真っ二つにすることも辞さないつもりであった。


 「こいつは返してもらうぞ」


 ループスは呆然とするハルトを肩に担ぐと迷いなく教会から去っていった。抵抗しようがない、今はただ逃げて時間を稼ぐことしかできない。軍人の家系に育ったループスにはその戦略的撤退の判断を取ることができた。



 その日、ハルトは初めての『敗北』を知ったのであった。

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