強敵の登場
「ダメだ。匂いも全く残っていない」
フラムの足取りを追跡しようと試みたハルトだったがループスの嗅覚をもってしても全くそれを探れなかった。フラムの転移魔法は完璧な精度を誇り、視覚以外の情報から追跡することは不可能であった。
「なんて奴だ」
自分と対等以上の能力を持った強敵の登場にハルトとループスは戦慄した。今回の黒幕はこれまでのような能力に物を言わせた力押しが通用する相手ではなかったのである。さらに向こうはこちらの拠点を知っている上に転移魔法を使用できるということ以外に手の内がわからない。下手にこちらから仕掛けても返り討ちに遭うリスクの方が高かった。
「どうすればいいんだ?」
ハルトとループスは焦らされた。情報戦では向こうが一歩リードしている状態である。このままいくとこちらが負ける可能性が高い。単純な手数で負けている上に情報戦でも負けているとなると勝ち目はなかった。
「でも向こうは俺のこと知らないんだろう?」
ループスは確認するようにハルトに尋ねた。彼女は偶然のおかげかフラムと顔を合わせてはいない。
「顔とかは見られてないけどお前の存在は知ってるみたいだぞ」
「じゃあゆくゆくは……」
「お前にも接触してくるかもな」
ハルトがフラムと出会ったとき、フラムは狼という単語を口にしていた。つまりループスの存在自体は知っているのである。
「どうやら向こうも俺たちのことを邪魔だと思ってるみたいだな」
「お互いさまってことか」
ハルトたちが雪空の会に敵意を向けているのと同じように、雪空の会のトップであるフラムもハルトたちのことを煙たがっていた。
対立構造はもはや個人対組織ではなく、個人対個人の域にまで到達していた。
そんな中、突如としてハルトたちの前に再びフラムがその姿を現した。何の前触れもなく転移してきたのに驚いたハルトとループスは驚いて全身の毛を逆立たせる。
「やあ。驚かせてしまったかな」
フラムは意気揚々と二人に挨拶した。ハルトと初めて会ったときとは口調が違う、むしろこちらがフラムの本来の口調である。
ループスは初めて見るフラムに対して警戒して剣の柄に手をかけた。
「狼よ、あまり気を立てるな。私は戦いに来たのではない」
初対面から敵意を向けるループスに対してフラムは両手を上げて戦意がない意思表示を見せた。それ自体に偽りはなく、それを汲んだループスは疑いつつも剣から手を離した。
「今度は何をしに来たんだ?」
「私の居場所を教えに来た。私だけが一方的に君たちの拠点を知っているのも不公平だと思ってな」
フラムは挑戦的な行動に出た。自分が優位になっているところにわざわざ情報を与えることで均衡を取ろうとしてきたのである。わざわざ赴くことで余裕と力の差を見せに来たのである。
「私はグラーシャの真ん中にある雪空の会の教会にいる。気が向いたらいつでも来るといい」
「おい、ちょっと待て!……消えやがった」
フラムは自分の居場所をハルトとループスに伝えると再び姿を消してしまった。ループスはわずかな時間の間で覚えたフラムの匂いを辿ろうとするものの外にはまったく匂いが残っておらず、やはり追いかけようがなかった。
「私の街で好きなようにはさせぬぞ」
誰もいない夜の教会の中でフラムはハルトとループスに敵意を燃やした。片や街の中の自分の優位を守るため、片や個人の報復のため。こうして二人のケモミミ少女と雪空の会の司教との本気のつぶし合いが幕を開けるのであった。