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ケモミミTS魔法少女は何を見る~俺は天才だ!~  作者: 火蛍
1章 ケモミミTS魔法少女
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少女の名前

 食堂までの道中、少女は数多の視線に晒された。

 ブカブカの制服にかなり明るい髪色、そしてなによりもその身体に生えた大きな狐の耳と尻尾は視線を集めないはずがなかった。

 さらに物珍しさゆえに生徒たちからのコメントも嵐のごとく絶え間なく浴びせられた。 

 

 「あんな子いたっけ?」

 「いや、初めて見たな」

 「狐の耳と尻尾が付いてるな。あれって付けてるのかな」

 「だとしたら小さいのにずいぶんなもの好きだな」


 『付けてるんじゃなくて生えてるんだよ』と言い返したくなるのを堪え、今はとにかく耐えるしかない。自分の心にそう言い聞かせながら少女は余ったズボンの裾に何度も躓きかけながら食堂へと向かった。

 

 食堂でも少女は注目の的であった。

 朝食を求めて受付に並ぶ生徒も、すでに朝食にありついている生徒も、さらには厨房で調理をする料理人でさえも手を止めて少女の姿に目をくぎ付けにした。少女は周囲からの視線を集めることには慣れていなかった。少女はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にし、俯いて耳を伏せた。できることならすぐにここから消えてしまいたいぐらいに羞恥心が湧き上がっていた。


 「君、どこから来たの?」


 一人の女子生徒が興味本位で少女に声をかけた。見覚えのない顔だがきっとこんな生徒もクラスメイトの中にいたのだろう。

 しかし自分が学生寮から来たなどと言えるはずがない。少女は返答に困って言葉を詰まらせてしまった。


 「もしかして新入生?」

 

 フォローで入れられた女子生徒の一言が少女に一筋の光明を見せた。そうだ、とりあえず今は自分は新入生だということにすればいい。

 その場を凌ぐため、少女は出まかせの嘘をつくことにした。

 

 「そ、そうです!実は今日からここに通うことになって……」

 「そっか。食堂の仕組みを教えてあげるね」


 本当はわかりきっているがそんな振る舞いをすればすべてが終わりだ。少女はあえて女子生徒の善意を無碍にせずに甘える。


 「おばさん。この子の分も朝食をお願いします」

 「はいよ」


 女子生徒は自分のものと同時に少女の分の朝食も注文した。数分後、少女と女子生徒、二人分の朝食がトレーに配膳されて渡される。

 幸いにも食堂は生徒であれば無料で利用することができた。新入生であっても例外ではない。


 「ありがとうございます」

 「いいよこれぐらい。ところで君、名前はなんていうの?」


 慈悲の次は情け容赦のない言葉が飛んできた。少女は少年だったころから庶民階級出身の優等生として良かれ悪かれ名の知れた存在であった。もしここで自分の本名を言ってしまおうものなら即座に正体がばれてもおかしくない。


 「ハルト。ハルトです」


 少女はその場の勢いで自らをそう名乗った。少年時代の本名をここで晒すわけにはいかない。


 「そう、ハルトさん。もし学校生活でわからないことがあったらなんでも先輩たちに聞いてね」

 

 女子生徒はハルトにそう言い残すとお礼を待たずにトレーを持って自分の席を探しに去っていった。本当は学校生活のイロハなど今更なものであったが今は朝食にありつかせてくれた救いの手に感謝する方が先であった。

 ハルトは去り行く女子生徒の背に深々と頭を下げた。


 朝食にはありつけたものの、ハルトにはまだ課題が山積みであった。学校内でどう立ち回るか、自分の衣服をどう調達するか、そもそも自分がこんな姿になった原因は何なのか。

 最優先でやるべきことはまず衣服の調達であった。身長が二十センチ近くも縮んでしまった今、自分の手持ちでサイズの合う衣服など持っているはずもないかった。

 何はともあれ、元に戻る方法がわからない以上は現状を受け入れて生きていくしかない。ハルトは朝食を食べ終えるとトレーを返却し、校舎に併設された仕立て屋に向かうため寮の外へと出た。もう授業には出席できそうにないが今は心身ともに授業を受けていられるような余裕はない。


 「はいハルトさん。これが今日からあなたがこの学校で着ていくことになる新しい制服です」


 仕立て屋は偽りの経緯をあっさりと受け入れ、ハルトの新しい制服を仕立て上げた。生まれて初めて身に着ける女子用の制服にハルトは内心ワクワクした感情を抱いた。

 しっかりと自分の体格に合わせて仕立てられたこともあり、さっきまでのブカブカ感は全く感じず動きやすさは格段に向上した。これなら動きが不格好になることはない。

 ……と思った矢先、安心感を帳消しにする事象がハルトの目に映った。

 尻尾だ。自分の尻尾がスカートを内からめくりあげて尻を丸出しにしてしまうのだ。尻を丸出しにして歩き回るなどとんでもない痴態である。これでは外を出歩くどころの話ではない。


 「これ、なんとかなりませんか?」

 「我々ではどうにもできませんねぇ……そもそもどうしてそんなものが付いているんです?」


 そんなことはむしろ自分が聞きたいぐらいだった。そもそも自分がいきなり耳と尻尾のついた幼女になど変身していなければ今日こんなところに立ち寄る必要もなかったのだ。

 気が動転してしまいそうになるのを抑え、ハルトはあくまで新入生らしい振る舞いを続けた。


 「今回はありがとうございました」


 自分用の制服を拵えた仕立て屋にお礼を述べてハルトは再び外へと出た。尻尾がスカートをめくりあげてしまう問題はスカートの履き方を変えることであっさりと解決できたので問題にはならなかった。

 これからどこへ向かおうか。授業にはとてもじゃないが出席などできるはずがない。後々来るであろうその場凌ぎの嘘の埋め合わせも考えておかなければいけない。今朝自分が就寝していた寮の一室が今夜使えるかもわからない、そうなった場合の寝床はどこにしようか。さらにハルトという女子生徒が在籍していないことがバレればそもそもここにはいられなくなる。

 目の前の問題を解決するたびに浮上する新たな問題の数々がハルトの心に不安を募らせた。 



 「ハァ……」


 ハルトは大きなため息をつき、とてつもない量の不安を抱えながら人気のなくなった学生寮へと人目を忍びながら引き返していくのであった。

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