司教フラム
グラーシャの街の中心。そこに設立された雪空の会の教会にハルトたちから敗走してきた信徒たちが駆け込んできた。そこにいる司教に今回のことを報告するためであった。
「フラム様、ただいま戻った」
信徒がその名を呼ぶと顔の上半分を覆う仮面をつけた女性がゆっくりと腰を上げ、教会の奥からヒールの音を床に響かせながら信徒の方へと歩み寄る。彼女こそが雪空の会の司教にして最高権力者であった。信徒たちは片膝と付いて首を垂らし、緊張に思わず息を飲んだ。
「うむ。報告を聞かせよ」
信徒がフラムと呼んだその女性は小さく息を吸い込んで口を開くと信徒にハルトとループスの討伐に関する成果の報告を要求した。
「例の狐と狼についでげんとも、お望みの成果は得られずでした」
信徒の報告第一声を受けたフラムは無言で眉間に皺を寄せた。その様子は仮面越しで伝わることはないものの、彼女の機嫌を著しく損ねたことは信徒たちの誰から見ても一目瞭然であった。
「まさか何も持ち帰ってこなかったと言うつもりではないだろうな」
「とんでもねぇ!?アイツらに関する情報持ぢ帰ってぎだ!」
フラムが圧をかけると信徒は慌てて釈明した。本当にただ逃げ帰るのを選ぶぐらいならそもそもここに戻らない選択をする。それぐらいにフラムは信徒たちからも畏怖の対象とされていた。
「狼は真っ赤な剣を、狐は珍妙な道具を持ってだ」
「ほう。首を上げて聞かせよ」
己の知り得ない情報を耳にしたフラムは興味深そうな反応を見せた。彼女からの許しを得た信徒は首を上げて詳細を語った。
「狼の剣は赤ぐ光った。狐の持ってだ道具は小せえのにすごい威力だった。ちょっと指動がしただげで魔法がバンバン出でぎだ。アレはただものでねぇ」
信徒は己の目で確かめた情報を事細かにフラムに伝えた。仕掛けはさっぱりわからなかったものの、それが魔法であることはフラムには容易に推察することができた。
「ふむ、面白いものを聞いた。これに免じて今回の失態は不問としよう」
「ありがだぎ幸せ」
フラムからの慈悲を受けた信徒は感謝を述べ、再び首を下げた。フラムは自分本位な人物ではあったものの、役に立つ人間に対してはそれなりの人情も持ち合わせていたのである。
「もうよい。今日は失せよ」
「はっ!」
フラムに解散を命じられた信徒たちは速やかに撤収し、彼女の前から姿を消した。そうして教会の中は再びフラム一人となった。
「狐の魔法使い……面白いやつだ」
フラムは背教者の魔法使い、特にハルトに対して深く興味を抱いた。普段は信徒たちに弾圧などを行わせているものの、あくまで一般人である彼らに魔法使いの相手を延々とさせるような悠長な真似はしない。必要とあれば自らが手を下しに行くことも辞さず、今がまさにその時であった。
自分にとって最大の脅威であることを承知の上で、どうしてもハルトのことを自分の目で確かめたくなったのである。
ハルトとループスが雪空の会の打倒に燃える一方で、雪空の会も司教であるフラムを中心に新たな動きを見せつつあるのであった。