信徒かと思いきや
ループスがハルトと入れ替わりで入浴している間、ハルトは髪と尻尾の毛を乾かしながら保護した女性を観察していた。
女性はハルトのすぐそばでもぞもぞと蠢く。それを見たハルトは目覚めが近いことを確信して多少の警戒心を抱いた。
「んぁ……?あれ?」
ゆっくりと目を開けた女性は身体を寝かせたまま状況を確認している。どうやら閃光弾を投げ込まれる直前のことを覚えていないようであった。
キョロキョロと周囲を見渡していた女性は偶然ハルトと目が合った。二人は互いに沈黙し、しばしの間気まずい空気が流れる。
「……ッ!?」
ハルトの顔をしばらく眺めていた女性は何かを思い出したらしく、急に飛び跳ねるように身体を起こして立ち上がった。
「た、たたた食べないでください!」
「誰が食べるかよ!?」
女性は起きるなり錯乱した様子で叫ぶ。彼女は中々に思い込みが激しかった。ハルトは女性が無事であることに安堵しつつも保護した意図を弁明する。
「えっ、じゃあなんで私だけ……」
ハルトは女性の話し方に違和感を感じた。雪空の会の信徒であるにも関わらず、グラーシャの住民独特の訛りが彼女の喋りからは出てこない。
「なあ、アンタって元々グラーシャの住民なのか?」
「えっ?違いますけど」
もしやと思ったハルトが女性に尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。彼女は元々グラーシャの住民ではない信徒だったのである。
「じゃあなんで雪空の会に入ったんだ?」
「入ったっていうか、入れられたっていうか……」
女性の語りからするに、彼女が雪空の会に所属しているのは不本意なことのようである。
「私、元々冒険者だったんですよ。元々ここにはそんなに滞在するつもりはなかったんですけど、気づいたら信徒の方々に取り込まれてて……」
別の場所からこの地を訪れた女性は雪空の会の信徒たちに丸め込まれ、気が付いたら信徒として活動させられていた。だから教義に対しては不誠実であり、今回ここに乗り込んできたのも周囲に流されてのことである。
ハルトは彼女の存在を好機と見た。
「アンタみたいな人って他に雪空の会の中にいるの?」
「いるんじゃないですか?この街から出られなくなった冒険者なんか特に」
良質な情報であった。雪空の会が他の街からやってきた冒険者を強引に信徒として取り込んでいるのはハルトたちが付け込める大きな要素であった。
「あ、そうだ!私戻らないと!」
「戻るってもう夜だぞ。アンタ一人じゃ凍えてくたばるんじゃないか?」
唐突に拠点に戻ろうとした女性をハルトが慌てて引き留める。そもそも女性が外で凍死することがないように建物の中で保護しているのである。何より女性が想像以上にそそっかしいのがハルトにとって不安要素の塊であった。
「しかし背教者に助けられたと説明するわけには……」
「死んだら説明も何もないだろう」
ハルトの説明を受けると女性はやや間をおいて納得したように表情を変えた。
「じゃ、じゃあ今夜だけお言葉に甘えて」
背教者でありつつも悪人ではないことを察知した女性はハルトの善意を受け入れて冒険者ギルドで一夜を明かすことにした。自分たちの意図が伝わってよかったとハルトは小さな胸をなでおろした。
「あ、今風呂に入ってるけど俺以外にもう一人ここにいるから」
「ええっ!?」
冒険者ギルドの中に女性の騒がしい声が響くのであった。




