フィリアの想い
「ねえねえハルトちゃん」
「ん?なんだ?」
「うちの喫茶店がもっと子供たちに来てもらえるようになるにはどうしたらいいと思う?」
フィリアは単刀直入な意見をハルトに求めた。しかしハルトには『彼女が子攫い女と疑われているせいで町の子供たちに避けられている』とは言えなかった。それを伝えずに客寄せをする必要があった。
「そうだな、子供でも頼みやすいメニューを作ってみるとかどうだ?」
「子供が頼みやすいメニューってどんなのがいいかな」
「お菓子と飲み物とかどうだ?おやつを食べに来てもらう感じでさ」
ハルトはフィリアに新メニューの追加を提案した。どちらかといえば大人が立ち寄る店という印象のある彼女の喫茶店にとって子供が気軽に頼めるようなメニューは少なかった。それをフィリアは見落としていたのだ。
「クッキーとかパンケーキとか、気軽に食べてもらえそうなものを用意してみるとかどうよ」
「なるほど……じゃあちょっと考えてみようかな」
ハルトの提案に乗ってフィリアは新たなメニューの開発を決心したようであった。彼女の子供に対する愛情が人一倍であることをハルトは改めて認識した。
「おばさんって子供のこと好きだよな」
「ええ。みんな自分の子みたいに可愛く見えるの」
発言に若干の危うさを感じさせつつも、フィリアの愛情は健全なものであり、彼女は自分のできる範囲で子供たちに愛情を注ごうとしていた。
フィリアが無害な存在であるとハルトは信じることにした。フィリアの愛情の恩恵を一番受けているのは紛れもないハルト自身であった。
「おばさんは自分の子供はいないのか?」
ある程度打ち解けたところでハルトは何気ないふりをしながら意を決してフィリアに尋ねた。どうしても昼間に聞いた話の真偽を確かめたかった。
「何年か前まではいたのよ。何年か前まではね」
フィリアはどこか遠い所に視線を向けながら答えた。どうやら過去に自身の子がいたことに偽りはなかったようであった。
「何年か前まで……というと?」
ハルトはその先の答えを知りつつもフィリアから言葉を引き出すように誘導をかけた。
「昔はおばさんにも息子がいたの。大きくなってたら今頃ハルトちゃんぐらいの大きさになってたんじゃないかなぁ」
郵便屋の社長が語っていた通りの情報がフィリアの口から語られた。やはり彼女はどこか遠いところを見ている。その事実が彼女の心に影を落としているのだろうとハルトは推測した。
「なんで今はいないんだ?」
辛い話を自らさせることに若干の後ろめたさを感じつつもハルトは好奇心を装った相槌を打った。彼女に食いつかれて止まれなくなったフィリアは話を続ける。
「病気で死んじゃったの。元々身体が強い子じゃなかったけどそれがどんどん悪くなっていっちゃってね」
どうやらフィリアの子は元々病弱な体質だったようである。どんどん衰弱していく我が子を見るのはさぞ辛かったことだろう。だから彼女は子供の元気な姿を見ていたいのだ。それが我が子で叶えば彼女はどれだけ幸せでいられただろうか。
「そうだったのか……」
想像以上に壮絶な過去にハルトはそれを聞きだしたことに対する罪悪感すら覚えてしまった。それと同時にどうにかして彼女に救いの手を差し伸べてやりたいとも思った。
「ごめんね。重苦しい話しちゃって」
「気にするな。聞いたのは俺なんだから」
ハルトがフィリアに対してできることは『町の子供たちがフィリアに近づきやすい環境を作ること』であった。
「おばさん。ずっと一人で寂しさ抱えてたんだな」
「家族がいなくなっちゃった寂しさは絶対に埋められないとはわかってるんだけど……でも子供たちを見てるとそれが紛らわせる気がしてね」
フィリア自身も自分の感情の行き場がないことは理解していた。それでも、できる限りのことをしてそれを紛らわそうとしていた。
「こんな俺でよければここにいる間は自分の子供みたいに接してくれてもいいぞ。流石に本当の子供にはなれないけどさ」
完全に感情を入れ込んだハルトはフィリアにそう語り掛けた。子供の容姿をした自分であれば彼女の感情のはけ口になれるのではないかと考えたのだ。
「ありがたいけどその気持ちだけ受け取っておくわ。本当の子供は私にとってはあの子一人だけだから」
ハルトの同情をフィリアはあえて受け取らなかった。彼女にとっては我が子は後にも先にも一人だけという強い思いがあり、ハルトのことを自分の子供だと認識してしまうと亡き息子への愛情が嘘になってしまうような気がしたのだ。これも愛情故の考え方なのかとハルトは理屈を超えた何かを感じた。
「子供向けの新メニュー、考えてみるわね」
「上手くいくといいな」
自分なりに抱えた感情と向き合うフィリアに応援と労いの言葉をかけ、ハルトは再び自分の部屋へと戻っていくのであった。