手に入らない
活動拠点を得たハルトとループスは食の確保のために外を出歩いていた。いくら過剰な節制を強いられているとは言えど、人がいる街である以上飲食店の一つや二つはあるはずであった。
二人はそれを探してグラーシャの通りを渡り歩いた。
ハルトには心なしか街の人々が自分たちのことを避けているように感じられた。グラーシャの人々が二人と距離を置く、視界から姿を消すなどしているように見えたのである。
考えられる理由は一つ、冒険者ギルドから追い出した雪空の会の信徒たちが二人の噂を悪いように吹聴したからであった。
街の人々がハルトたちの方を見ながらひそひそと何かを話している。ループスには内容がわからなかったがハルトにははっきりと聞き取れた。
『雪空の会に反抗する愚か者』『背教者』などなど散々な言われようであった。多大な影響を及ぼしている雪空の会から敵と認定されてしまった以上、二人に協力するような真似をすれば処罰されるなどと圧力をかけられているのだろう。そう考えれば二人が冷遇されるのは避けられないものであった。
通りを歩くこと十数分、二人は空腹を感じ始めていた。寒さに強いとはいえ、それで飢えをしのげるわけではない。旅の途中で蓄えていた食料はまだあるものの、それで耐えられるのはせいぜいあと数日である。それをわかっている二人は少なからぬ焦りを覚えた。
食料を求めてグラーシャを歩く最中、ハルトはふと足を止めた。これまで蓄積してきた疲労が空腹によって増幅され、歩く体力が尽きかけていたのである。気が付けば昼間から何も食べていない。これまでであればそれでも平気だったが寒い場所では体温保持にエネルギーを消費する関係でそういうわけにはいかなかった。
「おい止まるな。俺まで疲れるだろうが」
「んなこと言っても足が動かねえんだよ……」
その場にへたり込むハルトにループスが肩を貸した。ループスはまだ歩ける余力を残してはいたものの、このままでは共倒れになるのも時間の問題であった。
そんな二人の姿を見かねたのか、建物同士の隙間から女性らしき人影がこちらに手招きをする姿が見えた。ループスは一瞬幻覚かと目を疑ったが瞬きをしても眼を擦ってもその姿は消えない。それが善意であると信じてループスはハルトを背負って女性の方へと向かっていった。
「お嬢ちゃんたち、お腹がすいでるのが?」
「実は朝から何も口にしていなくてな」
ループスが事情を説明すると女性は手にしていた籠の中から湯気の立った何かを手渡してきた。
「この地で取れる芋さ焼いだもんだ。これ食って元気出せ」
女性が持っていたものは芋を焼いただけの簡素な料理であった。彼女がどういう理由でそれを持ち歩いていたのかはわからなかったがそれをハルトたちに分けようとしていたのである。
「気遣いに感謝する。ありがたく頂戴したい」
ループスは感謝を告げると女性から焼き芋を二つ受け取り、そのうちの一つをハルトの口に突っ込んだ。ハルトは芋を頬張り、ほんの数分でそれを平らげると少しずつ元気を取り戻した。
「ありがとう。おかげで助かった」
「でもいいのか?雪空の会から何か言われてるんだろう」
「それでも困ってる人を目の前で放っておげねぇよ」
女性は雪空の会の信徒ではないらしく、教団から圧力を受けているのを理解の上でハルトたちに手を差し伸べたようであった。その言葉から街の人たちにもわずかながら善意は残っていることを確信した。
「ここの裏にうちがあっから夜になったらまだおいで」
「気持ちだけ受け取っておきます」
ハルトは女性の善意を気持ちだけ受け取り、その場を後にした。できるだけ一緒にいる時間を減らすことで女性が雪空の会の信徒たちに攻撃される可能性を下げるつもりでの行動であった。
今回は偶然通りすがりの善意に助けられたがいつまでもそれに期待するわけにはいかなかった。
「いっそ狩りでもするか」
ループスはぽつりとそう呟いた。彼女は食料が街で手に入れられなければ自給自足をするのもやむなしと考えたのである。
「こんなところに食べられる肉のある動物がいるのか?」
ハルトはループスの独り言のようなつぶやきに突っ込みを入れた。自給自足で食糧問題が解決できるならハルトもそうしたいと思ったが、そもそもこの地に狩れるような動物がいるのかがわからなかった。もしいたとしても、それが食べられる保証もない。
そんな中、ハルトはとあることを思いついた。
「ちょっと大雪原に行ってみないか?」
ハルトは大雪原に行くことを提案した。大雪原なら狩れる野生動物がいるだろうと考えたのである。自然の中なら他にも食べられるものがあるはずであった。
その瞬間、二人の中の考えが一致して一つの答えを導き出した。
「行くか、大雪原に」
ハルトとループスは本来よりもかなり予定を早めてグラーシャの大雪原へと向かうことにした。今は観光などと言っている場合ではない。その日を生きるため、そして戦うための糧を求めて二人は大雪原に足を運ぶのであった。