悲しい決闘
散々悩んだ日の翌朝、ハルトはループスを連れてマレーネの街から外れた野外へとやって来た。そこが決闘の舞台であり、ループスは決闘の結果の見届け役であった。
決闘の舞台にはすでにアダンがハルトのことを待ち受けていた。普段のクエストに行くときとは違い、戦闘を意識した防具を装っていた。狙いは自決とはいえ、一応決闘という体は守っているようである。
「来てくれてよかったです」
「……あぁ」
ハルトはアダンと正面から対峙し、懐から銃を抜いた。弾はすでに最大まで込められており、引き金を引けばいつでも弾を撃てる状態になっていた。
『まずはアダンの意識を飛ばせ。ただそれだけを考えろ』
ループスの忠告を受け、弾には威力をそこそこに抑えた電撃を込めている。電気ショックで意識を吹き飛ばすつもりであり、それができなかったとしても麻痺させて身動きを封じることは可能であった。
どうにかしてアダンの意識を飛ばし、その間に記憶消去の魔法をかけて彼の記憶をハルトと出会う前の状態に巻き戻し、そして目を覚ます前にマレーネの街を出てアダンの前から姿を消す。そこまでがハルトがこの決闘の中で自分の手でやらなければならないことであった。
「行きますよ……」
距離を置き、ハルトとアダンは正面から対峙する。アダンの構えが戦闘の経験に乏しい素人同然であることはハルトの目から見ても一目瞭然であった。
ハルトは緊張で引き金にかけた指を震わせながら照準を目視でアダンの胴体へと合わせた。殺傷力を抑えてあるとはいえダメージを与えることには変わりない。できるだけ急所を外した場所へと命中させるつもりであった。
「許せ、アダン」
ハルトはそう呟くと決闘開始の合図を待たずに不意打ちで引き金を引いた。電撃が込められた弾は青白い軌跡を一直線状に描き、アダンの腹のど真ん中を貫いた。
アダンは自分が何をされたのかもわからぬまま電気ショックに肉体の自制力を奪われ、膝を折ってうつ伏せに倒れこんだ。ハルトは意識の有無を確かめるために銃を構えたまま彼の傍へと歩み寄る。
「よいしょ……」
ハルトがアダンの上半身を翻し、仰向けに直すとアダンはまだ呼吸をしていた。どうやら狙い通り肉体の自由を奪うことには成功したようであった。
「ハルト……さん」
動きを止めたはずのアダンから声をかけられたハルトは驚いて目を見開いた。威力を抑えたのが仇となり、命を奪わずには済んだものの意識はまだ微かに残ったままだったのである。
「ごめん。俺、やっぱりアンタとは戦えないよ。こんな手しか使えないのを許してくれ」
「やはり……貴方は強くて優しい人です。僕、ハルトさんを好きに……なれてよかった……」
「やめてくれ……それ以上何か言われたら俺は……俺は……」
ハルトは意識が遠のきつつもなお自身への想いを絶え絶えになりながら語ろうとするアダンの言葉を遮った。人情を捨てきれない彼女はアダンに対して約束を反故にするような仕打ちをしたにもかかわらず、アダンからは糾弾どころか愛情を向けられたことで彼の記憶を消すのが惜しくなってしまった。固めかけていたまたしても意思が揺らぎかけていたのである。
ループスはやり取りを交わす二人の様子を固唾を飲んで見守っていた。あらかじめ手を出さないことをハルトと約束していた彼女にはそれしかできなかった。
「普通の女の子として生まれて、アンタと出会って、本気でアンタのことを好きになりたかったぜ……俺のことを好きになってくれてありがとう」
ハルトはアダンとの出会いを惜しむ言葉をアダンにかけると、今度は直接魔法を行使してアダンに電撃を浴びせた。アダンの身体は一瞬跳ねるように痙攣し、今度こそ完全に意識を失った。
「アダン、お前の記憶を見せてくれ……メモリースキャン」
ハルトは気絶しているアダンの額に手を添えると記憶を読み取る魔法を詠唱してアダンの記憶を覗き込んだ。彼の記憶の中はハルトに関する記憶で埋め尽くされていて他のことが何一つとして読み取れないほどであった。
彼に記憶を追体験する中でアダンが自分にどれだけの好意を寄せていたのかを知り、ハルトの目から大粒の涙がこぼれだした。これほどまでに大切にされていた記憶のすべてを自分の都合で消去しなければならないことが悲しくてならず、こぼれた涙が頬を伝って手甲にポタポタと零れ落ちる。
しかしこの記憶が断片でも残っていればアダンは目を覚ました後に自らの命を絶ってしまう可能性が高い。そんな彼を永劫苦しめないためにハルトは意を決してアダンの記憶の消去に踏み出した。
「メモリー……デリート」
詠唱によって魔法の発動が実行され、アダンの身体から記憶の一部が紫色の光となって抜け出していく。これで彼の中のハルトと出会う直前までの記憶は完全に消去された。
「ループス……終わったよ」
記憶の消去を実行したハルトは目を真っ赤に腫らしながらループスに消去の完了を報告した。あとはアダンの身体を安全なところに移し、彼が目を覚ます前にマレーネの街を去るだけであった。
「よく頑張ったな」
「人の想いに応えられないって、こんなに悲しくて苦しいんだな……」
ループスはハルトに駆け寄り、片膝をついて彼女の頭に左手を置きながら労いの言葉をかけた。ハルトはやり場のない感情をぶつけるようにループスの胸にしがみつき、声を押し殺して泣き続けた。
そんな彼女に対し、ループスは何も言わずに左手で頭を撫でながら右手で背中を擦り続けた。それが今の彼女にできるハルトへの精々の慰めであった。
『愛情は時として人を動かす大きな力になり、時として人を縛り付ける重い呪いにもなる。そして愛という呪いを断ち切ることは非常に困難である』
今回の一件はハルトの心に深い傷を残しつつもそれを教訓として刻み込むのであった。