ハルトの答え
「アダン、俺はな……」
ハルトは口を開き、アダンの想いに対する自分自身の答えを切り出した。アダンも緊張で息が詰まる。
「俺はな……アンタの想いに応えることはできない」
一泊間をおいて出したハルトの答えは『ノー』であった。アダンは愕然とした様子でハルトの顔を見上げる。
「アダン。俺の言い分を聞いてくれ」
ハルトは自分がその答えを見出した理由、その心中を語った。アダンは何も言うことなく、静かに彼女の言い分を聞き届ける。
「アンタのことは嫌いじゃないぜ。むしろ初めて女の子として好きって言ってもらえてうれしかったぐらいだ」
これまでハルトは誰かから好意を寄せられることは多かったがそれはあくまで『庇護欲』や『小動物に向ける愛好心』からくるものであり、恋愛的なものではない。
だが今回の一件でそれが覆り、『自分を女の子として見てくれる誰か』が存在したという事実が『自分は女の子として存在してもよい』という肯定感へとつながった。
「それにさ。実は俺、アンタが俺のこと好きだっていうのをすでにわかってたんだ。本当はもっと早くこれを伝えられればよかったんだけど、夢中で俺に近づこうとするアンタの姿を見てたら言い出せなくなって……」
ハルトは今さっき出した答えをもっと前から導き出していた。だがアダンの姿を見ている内に当事者でありながら心のどこかでは応援しているような気になり、その行く先を阻むことができなくなってしまっていた。
「俺、アンタといるときに感じてた気持ちの正体が今はっきりわかった。ループスと一緒にいるときと同じなんだ」
ループスといるとき、ハルトは忌憚なく発言ができるし、なにかを演じることのない自然体の自分でいることができる。それはアダン相手であっても同様であった。
「もし俺がループスじゃなくてアンタに先に出会えていたら、アンタの気持ちを受け入れて素直に恋人になれたのかもな」
ハルトは穏やかな笑みを浮かべながらアダンに自身の胸中を語った。語る通り、ループスとアダンの出会う順番が違っていれば恋人として受け入れることができたのかもしれなかった。
ほんのわずかなめぐり逢いの差が答えを変えたのである。
「ハルトさん。この街で一緒に暮らしていく気はありませんか?」
「ごめんな。俺は旅人であることをやめるつもりはないし、アンタに旅人になってもらうこともしたくないんだ」
ハルトはあくまで自分は旅人だと思っており、どこかにとどまり続けるつもりはなかった。他の誰に頼まれようともその意思は揺るがない。
他人を尊重するためにその意思を折ることはできず、かといって自分の意思を他人に押し付けることもしたくはなかった。
「アンタのことが嫌いだから恋人になりたくないなんてことじゃないんだ。俺は旅人でアンタはこの街の冒険者。それに俺には一緒に旅をする親友がいるし、その親友を裏切ることはできない」
友情か恋愛か、ハルトは迷いに迷った末に前者を選んだ。その結果としてアダンの想いを裏切る形になってしまったが、ハルトはその決断を間違いだとは思っていない。
しかしそう語るハルトの双眸からは静かに涙が伝っていた。アダンの気持ちに応えることができないことへの申し訳なさ、その罪悪感に押しつぶされたことで無自覚に流れた涙であった。
「ハルトさん……貴方の気持ちは確かに伝わりました。だから、泣かないでください」
「泣いてる?俺、泣いてるのか?」
ハルトは自分の目から涙がこぼれていることに気づいていなかった。彼女の涙を見たアダンは自分の想いがハルトを傷つけてしまったと思い込んでしまった。愛の感情を向けた相手が傷つくことなどあってはならないと考えていた彼もまた深い罪悪感に駆られた。
「アダン……どうして俺は悲しくないのに泣いてるんだ?」
「それはきっと……貴方が優しいから」
夕闇に輝く黄金樹に照らされ、ハルトの涙は黄金色に光った。これまでの自身の行いが彼女をこうしたのだと心を痛めたアダンは自分の手で責任を取ろうと最後の手に打って出た。
「ハルトさん。僕はやっぱり諦められません。だから、僕と戦ってください。そうすれば僕は貴方のことを諦められる気がします」
アダンはハルトに決闘を申し出た。決闘を行い、自身が敗北することで自身のハルトへの想いを無理やり断ち切ろうとしていた。
「戦わないと……いけないのか」
「はい。僕が勝ったら貴方はこの街に残って僕と添い遂げる。貴方が勝ったら僕は貴方のことをさっぱり諦める。それでどうでしょう」
決闘によってアダンが何をしようとしていたのかハルトには見え透いていた。彼は決闘と称してハルトに撃たせ、自害することで責任を取ろうと考えていたのである。
それがわかっていてもハルトはアダンの本気の想いから来る行動を蔑ろにすることはできなかった。
「決闘を受ける。だから一晩だけ時間をくれ」
ハルトは一晩の猶予を得てアダンとの決闘に臨むことを決めたのであった。




