素直な想いを言葉に
「まさかこんなところがマレーネにあったなんてなぁ」
ハルトはアダンに誘われて訪れた茶菓子の専門店で遅めのティータイムを満喫していた。沈みかけの夕陽を浴びて輝く黄金樹をすぐ近くで眺められる景観のよさや周囲に仄かに香る甘い香りなど、ハルトを喜ばせる要素はいろいろとあったが中でも特に彼女を喜ばせたのはアダンも一押しの黄金樹の果実をふんだんにつかった茶菓子の数々であった。
「これいいな。自分で作れたりしないの?」
「作り方なら知ってますよ。お店の味には及びませんけど」
「本当か!?」
茶菓子の作り方を知っているというアダンにハルトはすかさず食いついた。甘党の彼女は恒常的に甘味を食べる手段にも余念がなかった。
アダンはそんな彼女の姿に愛らしさを感じずにはいられなかった。
「にしてもよくそんなこと知ってるな」
「僕の実家はこの街の茶菓子職人なんですよ」
「えっ!?じゃあこういうのをいつでも食べられるってことか?」
ハルトはアダンの立場を羨ましがった。しかしアダンは特にそういった事情に特別感を感じてはいないようである。
「よくないのか?」
「茶菓子は嫌いじゃないですし、むしろ好きですよ。でも家の中でまであの匂いをずっと嗅ぎ続けていると次第に飽きが来て……ついにはうんざりするんです」
アダンの言い分にハルトは納得して頷いた。いくら好きなものに囲まれていてもそれを自分の意思と関係なく押し付けられるのは喜ばしい状態ではない。ハルトも機械いじりが好きだからといって四六時中金属の匂いがする環境に置かれるのは嫌である。
「ハルトさん……貴方には今、好きな人はいますか?」
アダンは不意にハルトに尋ねた。突然のイベントの予感にハルトは思わず息を飲んだ。
「好きな人か……わかんねえな」
「もし好きな人ができたとしたら、それはどんな人だと思いますか?」
ハルトの曖昧な返事に一瞬脈なしの予感が過ったものの、アダンは食い下がった。すでに乗り掛かった舟である手前、引き下がるという選択肢は今の彼の中にはなかった。
「そうだなぁ。どんな時でも俺の傍にいてくれて、自分が変なことをすればちゃんと叱ってくれたり、いいことをすれば褒めてくれて、必要な時にしっかり手を貸してくれる。そんな人かもな」
ハルトがぼんやりと語った理想の人物像を聞いたアダンの脳裏にはループスの姿が浮かんだ。同じ女性同士であるということを除けば彼女はハルトの理想像にぴったりと合致する存在だったのである。
それと同時に自分で言葉にしている内に、自分がアダンに対して無自覚に抱いていた感情の正体を明確に理解することができた。
「そうですか……僕はハルトさんみたいな人が、いや、ハルトさんのことが好きです」
後退という選択肢を捨て去ったアダンはついにハルトへ自らの想いを打ち明けた。かねてよりアダンが自分に対して好意を寄せていることを知っていたハルトだったが、本人から直々にそれを伝えられて瞬く間に顔が熱くなった。
しかしハルトは初めてその好意に気づいたときとは違って今回は冷静さを保つことができていた。無意識に暴れ回る尻尾を宥めすかすように抱きかかえ、アダンからさらなる言葉を引き出そうと試みた。
「マジか……俺のどんなところを好きになったんだ?」
「あの時、貴方が助けてくれて手を差し伸べてくれた。理屈じゃなくて運命だと思ったんです」
アダンは理屈を超えたものをハルトに感じて一目惚れをした。ただそれだけである。
「好きなところはもちろんあります。すごく可愛らしい見た目をしてると思いますし、男の子みたいな喋り方をしているのも愛嬌があっていいと思います。それに強くて、優しくて、でもたまにちょっとワガママなことを言って周りを困らせるのも、ただのいい子じゃないって感じがして僕は好きです」
最初は一目惚れだったとはいえ、ハルトのことを知れば知るほどにアダンは彼女の持つ魅力に惹かれていった。後付けであったとしてもそれはアダンにとっては明確に好きといえる要素であった。
「僕のワガママであるということは重々承知しています。ハルトさん……僕の、恋人になってくれませんか?」
アダンはハルトの前で片膝をつき、彼女の手を取って頭を垂れながら愛の感情を伝えた。これまでの奥手さを完全に捨てたアダンの大胆な立ち回りにハルトは視界がグルグルと回って止まらなくなった。
だがハルトもここで勢いに押されっぱなしではない。今こそ自分の中でかねてより用意していた答えをアダンに伝えなければならない時であった。
「アダン、俺はな……」