残された時間までに
アダンは焦りを募らせていた。ハルトとループスの口からグラーシャの地名が出てくる頻度が日に日に上がっているのを確認していたからである。それはマレーネの街を出発する時が近づいていることに他ならなかった。そうとなればハルトに想いを伝える機会が半永久的に失われてしまう。
そうなってしまう前にアダンはどうにかして手を打ちたかった。
アダンは自分の存在をハルトにアピールしたかった。だが彼の得意技能の大半はハルトも同等以上のことができてしまうため大したことができない。
かといって悩んでいるとその内にハルトがどこかに行ってしまうような気がしてなんとももどかしい。想いを伝えるにはまだ距離が詰め切れていないと感じたアダンは残された時間の中でハルトとのイベントを重ねようと決心した。
「ハルトさん!よかったら今度マレーネの名店に行きませんか?せっかくこの街に来たんですから、旅の思い出作りに」
「思い出かぁ。いいかもな」
ハルトはアダンの誘いを快諾した。彼女はマレーネに立ち寄ってから黄金樹以外の名所を訪れたことがなく、そういった思い出に乏しかった。土地事情を知らないハルトにとって現地の人間であるアダンが同伴するのは心強かった。
「じゃあ、茶菓子の店に行きませんか?マレーネは黄金樹の実を使った茶菓子が有名なんですよ」
「茶菓子!?」
ハルトはその単語に目を輝かせた。彼女は甘いものが好物であり、どんな場所に行こうとも必ずそういったものを探すぐらいには執着心が強い。
「茶菓子が好きなんですか?」
「もちろん!今度と言わずに今から行こうぜ!」
ハルトは尻尾をブンブン振り回しながらアダンの手を引っ張った。その様子はさながら散歩の催促をする飼い犬の如しである。
「もうすぐ夕刻ですが……ループスさんは大丈夫なんですか?」
「いいんだよ別に。アイツ甘いもの苦手だし、な?」
「ん?ああ……」
アダンは現在の時刻を懸念していた。すでに日没が近くなりつつあり、ティーブレイクというには遅い時間帯であった。
しかしハルトにはそんなことは問題ではなく、彼女が確認を取るように尋ねると傍にいたループスは一息遅れて返事をした。ループスはハルトの言う通り甘いものが苦手である。今回の確認はそんな彼女を甘いものが並ぶ茶菓子の店に連れて行くのは酷だというハルトなりの配慮であった。
「じゃ、そういうわけで今から行ってくるから」
ハルトはループスに断りを入れて別行動を取ることにした。予想外ではあったがループスの目の届かない場所でハルトと二人っきりになれるのはアダンにとっては思いがけない好都合であった。
「それでは行きましょう、ハルトさん」
アダンはハルトと二人でマレーネの通りへと出かけていった。きっとこれがハルトと二人っきりになれる最後のチャンスだろうと予感したアダンはここで自らの想いを伝えることを決心するのであった。