ハルトとアダンとガラクタ集め
相談を持ち掛けてから翌日、アダンはアレックスからのアドバイスを実践に移すべくハルトを探していた。彼女の趣味を聞き出し、あわよくばそれに付き合うつもりであった。
アダンがマレーネの街の中でハルトを探していると、ちょうど通りの中で彼女の姿を発見することができた。彼女は周囲をしきりに見回しており、こそこそとなにかを探しているように見えた。
そんなハルトにアダンは声をかけに行った。
「こんにちはハルトさん」
「うわぁッ!?なんだアダンか……」
考え事に集中するあまり周りがよく見えていなかったのか、アダンに声をかけられたハルトは一瞬耳と尻尾の毛を逆立たせながら真上に跳ね上げて驚くとすぐに気を取り直した。
普段の男勝りな振る舞いとはかけ離れた外見年齢相応のかわいらしい反応にアダンは一瞬心をときめかせる。
「今は何をしてるんですか?」
「あー、次の発明のための素材集めをしてたところだ」
「発明?」
「ああ、こう見えても機械をいじるのが好きでさ。自分で作ろうってわけ」
ハルトは趣味の機械いじりのことをアダンに語った。先日はさっぱり手が付けられないほどに動揺していたがある程度落ち着いた今はまた機械いじりができるようになっていた。しかも新しいアイデアが浮かんだばかりであり、意欲に燃えている状態であった。
機械についてはアダンも手動で丈の低い草を刈れる草刈り機程度の存在は認知していた。
「よければその素材集めっていうのを手伝いましょうか」
「本当か!?いやー、ちょうど重いのを持ってくれる人がいなくて困ってたんだよ」
アダンから協力を持ち掛けられたハルトは歓喜の表情を浮かべながらアダンの腰を叩いた。彼女の純粋な筋力は非力であるために機械の素材集めをするときには運搬役が欠かせなかった。今回はループスがいないためにそこで困っていたのである。
「そういえばループスさんは?」
「グラーシャに行くまでの準備でいろいろ調達中だ。こっちはもう用事を済ませたんだがループスに荷物持ちを頼んだら断られた」
ハルトが語るところではループスは旅の準備を進めるためにハルトと分担して別行動をとっているようであった。
『いろいろ買い集めるって時についででお前の趣味の荷物持ちができると思うか!?どうしても今日やるっていうなら一人でやってくれ!』
ループスはそう言ってハルトへの協力を拒んだ。普段なら文句を言いつつも付き合ってくれるのだが今回は完全に間が悪かったとしか言いようがなかった。
「というわけで早速行くぞー」
「はい」
ハルトはすっかり上機嫌になりながらアダンを連れまわした。アダンは機械いじりについてはよくわからないながらもハルトの機嫌がよければそれでいいかと考えながら彼女に同行するのであった。
アダンはハルトに同行すること数十分、彼女の行動に首を傾げた。ハルトは素材集めと称して錆びついた鍋や食器、果てには壊れた農具まで回収していたのである。
一見ただのガラクタにしか見えないこれらを何に使うのかアダンにはさっぱりわからなかった。
「これ、何の材料になるんですか?」
「そうだなぁ。火を起こさずに熱を作る機械ってところだな」
アダンが集めたものの用途について尋ねるとハルトは自身の中にある構想を語り始めた。
「火を起こせないようなところでも暖を取れたらいいなって思ってさ。ほら、狭い建物の中とかで火を起こすのって危険だろ?」
次の目的地であるグラーシャは周囲を万年雪の積もる雪原に囲まれた極寒の地であり、薪などの類が雪に埋もれようものなら火を起こせない可能性すらある。そうなったときのために火に頼らずに熱を発生させて暖を取れるものが必要だとハルトは考えた。そしてそれを実現しうるアイデアこそがその機械の発明だったのである。
アダンは感心しながら話を聞くものの、グラーシャという地名を聞くたびにハルトの顔を見られなくなる時が近づいてくることを予感して寂しさを覚えた。
結局その日は夕刻になるまでハルトはアダンのことを好き放題にこき使いながら連れまわした。ガラクタの山を抱えて歩き回ったアダンの腕はすでにパンパンであり、少しでも力を抜けば感覚を失ってしまいそうになっていた。そんな状態でハルトは自身とループスがマレーネでの活動拠点としている宿の一室に集めたものを運ばせた。
「今日はありがとな。おかげで今夜には手をつけられそうだ」
「そうですか……お役に立ててよかったです」
資材を運び終えたアダンにハルトは礼を述べた。アダンは趣味に付き合うつもりで協力したはずだったが結果としては荷物持ちとして使い走りをするだけとなった。だがそこに不満はなく、ハルトの役に立てるならそれはそれで悪くないとすら思えていた。
「こんな時間までどこをほっつき歩いてるのかと思えばお前……」
「いいだろ別に、お前の手を煩わせたわけじゃないし」
ハルトは先に戻って待っていたループスから窘められることとなった。だがハルトはあくまでループスに手をかけさせていないことを主張するやりとりが壁越しに聞こえてくる。
ハルトの口から出てきた『ありがとう』の言葉を胸にアダンは二人の元を静かに去るのであった。