過去を知る人
フィリアの過去に何があったのだろう。本人に聞くのがなんとなく気の引けたハルトは町の大人にも間接的に話を聞くことにした。大人ならもしかすれば子供たちの知らないことを知っているかもしれない。
しかし誰に聞くのがいいだろうか。ハルトにはまるで見当がつかなかった。
「そうだ!」
ハルトは閃いた。喫茶店を訪れた人間に聞けばいい。彼らの中にはフィリアの過去を知っている人物がいるかもしれない。
とは思ったものの、一つ問題点があった。
「今日お店休みじゃん……」
今日は喫茶店の休業日であった。フィリア本人から朝に直接聞いているのだから間違いない。
店を利用する常連客に声をかける手法が使えない以上、完全に手探りで探さなければならなかった。しかしそんな中でもハルトはフィリアのことを知っていそうな人物に心当たりがあった。
「郵便屋の人ならもしかして……」
郵便屋の人ならフィリアのことを知っているかもしれない。彼らもフィリアの店を利用したことがあるかもしれないし、逆にフィリアが郵便屋を利用したことがあるかもしれない。
そう思い込んだら一直線、ハルトは郵便屋に向かって風のように駆け抜けた。
「お邪魔しまーす」
「やぁ。君は今朝の子だね。今度は何の用かな?」
「ちょっと人について知りたいことがあってな。ここにいる人なら知ってるかなって思ってさ」
タイプライターの修理で好印象を持たれていたからか、郵便屋のスタッフたちはハルトの話を快く聞き入れてくれた。業務外の対応に感謝しつつハルトは話を続けた。
「で、知りたい人っていうのは?」
「フィリアっていう女性のことは知ってるか?町の喫茶店のおばさんだ」
『喫茶店のおばさん』というキーワードでスタッフたちはいっせいにフィリアの顔を思い浮かべた。反応を見たハルトはやはり何か知っていそうだと推察する。
「ああ、喫茶店の彼女だね。知っているよ」
郵便屋の社長が直々にハルトへの対応に応じた。
「あの人もここを利用したことが?」
「あるよ。彼女には何度か手紙の配達を依頼されてね」
社長曰くフィリアは何度も郵便屋に来たことがあるらしい。誰かに手紙をマメに出す人物のようであった。
「手紙の内容っていうのは?」
「知らないよ。うちは人の手紙を届ける前に勝手に読むようなことはしないから」
「でも差出人ぐらいはわかるだろう?」
「そうだね……主な差出人は彼女の母親がほとんどだよ」
やり取りの中でフィリアは遠方にいる自分の母親と頻繁に文通をしていることがわかった。ここでハルトは自分が知りたい本命の事柄を尋ねることにした。
「あのおばさん、ほかに家族はいないのか?」
ハルトからそれを尋ねられた社長をはじめとした郵便屋のスタッフたちはなんとも気まずそうな表情を浮かべた。もしや聞いてはいけないことだったのだろうか。しかしそこに彼女が子供たちから疑われる理由があるのかもしれない。
「昔はね、いたんだよ」
『昔は』とはどういうことだろうか。なぜ彼女は今独身なのだろうか。ハルトの疑問はさらに加速した。
「じゃあなんで今はいないんだ?」
「全員、彼女を置いて死んでしまったんだ」
まさかのまさかであった。フィリアは決して未婚の独身ではなく、未亡人だったのだ。社長は知っている限りのことをハルトに語った。
「彼女には夫と一人の息子さんがいたんだ。結婚を知らせる手紙を二人で出しに来たこともあるよ。でも彼は息子さんが生まれる前に事故で亡くなってしまったんだ」
「じゃあ息子さんってのはどうしたんだ?」
「息子さんは何年か前に病気で亡くなったよ。生きていれば今頃は君ぐらいの大きさになっていただろうね」
なんと残酷な運命だろうか。フィリアには大事な家族を二度も失った過去があった。その悲しみは決して癒えるものではないが彼女はそれすらも悟らせない振る舞いをしていたのだ。
ハルトはフィリアの内面の強さに感服した。
「なるほど、そういうことだったのか……」
「何の話かな?」
「あっ、いや、こっちの話だから気にしないでくれ」
ハルトはフィリアが子供に対して世話を焼きたがる理由が理解できた。彼女は子供とのコミュニケーションに飢えていたのだ。誰でもいい、子供の世話を焼くことで少しでもそれを満たそうとしている。きっとその姿が自ずと子攫い女として語られるようになってしまったのだろう。
「ところでさ。子攫い女の話は知ってるか」
「もちろんだよ。町の人たちが夕方になると毎日のように口にしているからね」
「それってどれぐらい前から広まったんだ?」
「確か五年ぐらい前からだよ」
「おばさんの息子さんが亡くなったのは」
「五年ぐらい前だね」
すべてがつながった。フィリアは子供を亡くしたショックから子供とのコミュニケーションに飢えるようになった。子攫い女が夕方に現れるというのは喫茶店が閉店して彼女がフリーになる時間だからである。
それを理解したハルトと郵便屋の職員たちは通じ合うように顔を見合わせた。
「なるほど。あの人が……」
「でもおばさんは一度も手を出してないんだぜ?これじゃあまりにも可哀そうだと思わないか」
「そうかもしれないけど、だからといって私たちから彼女にしてあげられることは同情しかない」
ハルトは何とも言えない感情で胸がいっぱいになった。自分たちからなにかフィリアにしてあげられることは本当に同情することしかないのだろうか。いや、なにかできることがあるはずだ。
「そうか……わざわざ話を聞いてくれてありがとな。次来るときはちゃんと仕事を依頼しに来るからな」
「ええ。お待ちしてますよ」
フィリアの過去にまさかあんな悲しい出来事があったとは思いもしなかった。戻ったらなんと声をかければいいだろう。それとも黙っていた方が彼女のためなのだろうか。
いろいろと物思いに耽りながらハルトはフィリアの喫茶店へと足を運ぶのであった。