アダンという男
ハルトが先に宿に帰ってしまい、一人になったループスはしばしの単独行動を取ることとなった。かつてはハルトが視界に映っていないと冷静さを失うほどの寂しがりであったループスであったが旅をする内に孤独に対する耐性もある程度つき、不意の事態の場合でも単独行動ができるようになっていた。
(せめてアイツの代わりにアダンを……)
ループスはアダンの行方を追っていた。ハルトが奥手になってしまっている以上、彼女に代わって行動できるのは自分のみである故、仕方のないことであった。
行方を追う中でループスはマレーネの冒険者たちが黄金樹の管理を兼任していることを思い出した。もしかすればアダンは今日もクエストで黄金樹のところに訪れているかもしれない。ループスは一人で黄金樹のところへと向かった。
ループスが黄金樹の元へ到着すると、黄金樹に登ってその果実を収穫する男の姿があった。その男は紛れもなくアダンその人であった。ループスはアダンに声をかけることにした。
「おーい。そこにいるのはアダンだろう」
「ん?あぁ、ループスさんじゃないですか」
ループスに声をかけられたアダンは作業を切り上げて黄金樹の枝から降りてきた。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。今日はどうしたんですか?」
「ちょうどお前を探していた。どうしても知りたいことがあってな」
ループスがアダンを探していた理由、それは彼が本当にハルトに好意を寄せているのかどうかをハルトに代わって確かめるためである。それと同時にハルトに好意を寄せているというこの男がどれほどの人物なのか、ループスはこの機会に見極めるつもりであった。
「知りたいこと……ですか」
「そうだ。お前、ハルトのことをどう思ってるんだ?」
ループスは単刀直入にアダンに尋ねた。回りくどい言い回しは一切抜き、ただ目的だけを果たすための質問であった。
「僕はハルトさんのことをとても魅力的な人だと思ってます」
アダンはループスにも負けず劣らずの直球な答えを出してきた。彼はとても実直な性格をしていたのである。それを受けたループスはさらにそこを掘り下げようと試みた。
「ハルトのどんなところに魅力を感じるんだ?」
「正直なところ……ですかね」
アダンはハルトの魅力を端的にそう表現した。基本的にハルトは自分の欲求に対して正直な性格である。やりたいことは徹底的にやる、やりたくないことはとにかくやらない、よくも悪くも極端であった。アダンを助けに行ったのも下心こそあれど『そうしたかったからそうした』結果である。
「よくわかってるじゃないか」
ループスはアダンの一定の共感を示した。しかしハルトを狙う者に対する警戒心を失ったわけではない。
「貴方もハルトさんのことをよくご存じのようで」
「当たり前だ。ずっとアイツと一緒に旅をしてきた身だからな」
ループスは誇らしげにアダンに語った。旅をする前からずっとハルトのことを見ていた彼女はハルトの人物像に対する理解が深かった。アダンよりもずっとずっと長い付き合いであった。
ハルトの魅力を理解する人物が現れたのを喜ばしく思う一方、彼女に恋慕しているのを煩わしく感じていた。ハルトの隣こそが自分の居場所であると自負しているループスにとって、ハルトの隣を奪われることなどあってはならないことである。ループスはどうにかして二人がくっつくのを阻止したかったが、かといって仲を引き裂くようなこともできなかった。
「ループスさん。今度一緒にクエストに行きませんか?もちろんハルトさんも一緒に」
アダンはループスをクエストへと誘った。彼は奥手なハルトとは対照的にかなり積極的であった。ループスがハルトに対して友情以上の感情を抱いていることは彼は察知済みであり、ループスも含めて外堀を埋めるつもりだったのである。
一定の共感を示してしまった以上、ループスも誘いを断れなかった。
「というわけで、今度アダンと一緒にクエストに行くことになった」
「なんで俺も巻き込まれてるんだ!行くならお前だけで行ってこいよバカ!!」
遅れて宿に戻り、今日の出来事の顛末をループスから報告されたハルトは耳と尻尾をピンと立たせて怒ったのであった。