外堀を埋められる
「いや、まさかそんなはずは……」
一晩経ってもハルトはまだアダンのことを信じられずにいた。どうにかして真相を確かめたいが、アダンと直接接触するのに躊躇いを覚えてしまい近付けない。彼女はこれまで殊恋愛には無関心であった。座学で概念を理解することができてもその本質を理解できない存在に対し、奥手になってしまっていたのである。
「確かめるんだろ?」
「そ、そうだけどよ……怖えんだ」
ハルトは自ら踏み出すことにすっかり怖気づいていた。もし自分がアダンから直接好意を伝えられてしまったら、それを下手に無碍にしてしまうようなことになったら……いろいろ考えれば考えるほどアダンと顔を合わせるのが怖かったのである。
「じゃあどうしたいんだ」
「頼む!今回だけでいいからお前が話を聞いてきてくれ!」
ハルトは両手の平を合わせてループスに懇願した。かつてないほどに弱気なハルトの姿をループスは見ていられなかった。それで少しでも助けになるのであればと考えたループスはハルトの懇願に応じ、単独で冒険者ギルドへと向かった。
「結局来るのかよ……」
ループスはちらりと後ろを振り返った。建物の陰からハルトがこっそりと覗いていたのである。真相を知りたいが自分で確認するのが怖い、かといって答えを待つのも煩わしいのでこっそりと同行してきたという非常に面倒な要求をしてきた結果である。
それはともかくとして、ループスはハルトの要求を満たすべくアダンの姿を探した。しかしそこにアダンの姿はない。施設内にいた冒険者たちから探りを入れることにした。
「よう。アダンを見なかったか」
「アダンさんですか?そういえば今日は見てないですね」
ループスに声をかけられた冒険者の男は今日はアダンの姿を見ていないようであった。何か情報を得るべく、ループスは少し話を掘り下げようと試みた。
「アダンがどこにいるかわかるか?」
「さぁ?それはそうと、今日はハルトさん一緒じゃないんですね」
「アイツは用事があってここには来てない」
ループスはその場限りの嘘をついた。本当はハルトは彼女の後ろで物陰に隠れて様子を伺っているのである。
「そういえばなんですけどね。アダンさん、ハルトさんに随分とご執心みたいですよー」
ループスと話していた冒険者は自分の持っているアダンの情報を語り始めた。彼はギルド内の冒険者の事情にそこそこ詳しいようである。物陰から覗いていたハルトもループスと一緒になって話に耳を傾けた。
「ご執心というと」
「なんというかまぁ、好きなんじゃないですかね」
ループスがおおよそ見当をつけていた答えが綺麗そっくり返ってきた。他の冒険者もアダンがハルトのことを異性として好いているように見えているようである。ハルトは話を聞くのが恥ずかしくなってしまった。
「今度一緒にクエストに行ってあげたら喜ぶんじゃないですかね」
「そうか……考えてみる」
「ハルトさんには内緒ですよ」
当の本人がそれを聞いているにもかかわらず、冒険者はループスのそう伝えた。アダンがハルトに対して抱いている感情の正体をそれとなく知ることはできたが、結果的にアダンの恋愛を後押しされたような気がしてならなかった。
「あーあ」
「あーあじゃねえよ。どういうつもりだ」
物陰で合流したループスとハルトはひっそりとやり取りを交わす。アダンがハルトに好意を寄せていることはすでに他の冒険者たちにとっても周知の事実と化していたのが発覚した。その上それを後押しすらされているのである。
ハルトは完全にアウェーな状況に置かれていた。マレーネの冒険者たちが恋の成就を応援してるのである。基本的に他人の恋愛を妨害しようとするものはいない。いるとしたら恋敵ぐらいである。しかし今のところアダンに恋敵はいなかった。
「どうするよ。このままだとアイツとお前が付き合うことになるぞ」
「つ、つつつつ……付きあ……ッ!?」
アダンと交際関係になった自分の姿を想像したハルトは湯気が立つほどに顔を熱くした。恥ずかしさのあまりに鼻血すらも出てくる始末であり、尻尾も激しく揺れた。だが元男でありながら自分のことを女性と認識し、想像を膨らませられる自分がいることに気づかされた。
「それはやだ!絶対に嫌だからな!」
ハルトは恋愛関係に発展する可能性を拒絶した。一瞬想像した自分の姿を否定し、ハルトは衝動的にどこかへと走り去っていくのであった。