鈍い狐、勘付く狼
その夜、ハルトとループスはマレーネの冒険者たちから歓迎会を受けていた。会の主催者はアダンである。
「へぇー。じゃあその耳と尻尾は本物なんだ」
「もちろん。だから俺たちには人間の耳はついてないんだぞ、ほら」
ハルトは意気揚々と自らの髪をかき分けて側頭部を見せる鉄板ネタを披露した。彼女に人間の耳が本当についていないのをその目で確認した冒険者たちは感嘆の声を上げる。
「本当だ!ちょっと触ってみてもいい?」
「ちょっとだけならいいぞ。はいどうぞ」
冒険者の興味をそそるようにハルトは耳を差し出した。冒険者の一人が興味を引かれるままに恐る恐るハルトの耳に手を触れる。耳を覆う毛のふわふわとした手触りに魅入られ、吸い付くように指が沈み込んでいく。
「どうよ。触り心地いいでしょ」
ハルトは得意になって自分の耳の触り心地を尋ねた。彼女は自身の耳と尻尾の毛並みを整えることには余念がない。今日とて例外ではなかった。
「すごい……尻尾も触ってみていい?」
「別に構わないぞ」
毛並みの虜になった冒険者にハルトは今度は尻尾を手前に差し出した。綺麗に整えられた艶のある白い毛に覆われた長く大きな尻尾が誘うように揺れる。
照明の光を受けた尻尾の毛が宝石のように煌く様を見て冒険者たちは思わず息を飲んだ。
「触らないのか?」
ハルトは尻尾を振りながら不思議そうに首を傾げた。冒険者たちが躊躇っているということは理解したうえであえてそれを煽る小悪魔的な仕草であった。
「それなら僕が……」
ハルトの煽りに乗ってアダンがその手をハルトの尻尾に触れさせた。その毛は粉雪のように柔らかく、指に力を入れればどんどん沈み込んでいく、耳のそれとは比較にならないほどの魔性の手触りであった。
「ふふっ。いいだろうこれ」
「すごい……本当にずっと触っていたいなぁ……」
気がつけばアダンは無心でハルトの尻尾に触れ続けていた。ハルトも特別嫌がるようなことはなかったがそろそろ別のことをさせるべきだと考えていた。
「そういえば、そこにいるループスの耳と尻尾の手入れも俺がやってるんだぞ」
ハルトが唐突に言い放った言葉によって冒険者たちの視線は一斉にループスへと集中した。
「えっ……」
この後の展開を予想したループスは狼狽えた。彼女はハルトと比べると耳や尻尾に触られることにかなり不慣れであった。
「さ、触ってみてもいいですか……?」
冒険者たちは次々とループスのところへと押し寄せた。期待の波に飲まれ、ループスは断るに断れなくなってしまった。
「こういうのは慣れてないから手短に……」
ループスはこの時ばかりは自身に狙いを向けさせたハルトのことを恨んだのであった。
歓迎会に参加してる他の冒険者たちがループスにかまけている間もアダンはずっとハルトの傍から離れることはなかった。
「アダンはループスには興味ないのか?」
「僕はハルトさんだけでいいんです」
「ふーん……まあいいけどさ」
ハルトにふと尋ねられてもアダンはループスになびく素振りは見せなかった。変わったやつだと思いつつもハルトはアダンの膝の上で耳と尻尾を触らせ続けるのであった。
歓迎会が終わり、宿に戻るとループスはハルトに対して詰め寄っていた。さっきの一件について物申したかったのである。
「お前よくもさっきは俺をあんな目に遭わせてくれたな」
「悪かったって、それはそうとちょっと気になったことがあってさ」
あっさりと謝罪したハルトは逆に自分の興味をループスに押し付けた。いつものことかと諦め半分にループスは話を聞くことにした。
「あのアダンって奴、お前の方には見向きもせずにずっと俺にべったりだったんだよ。変わってるよな」
ハルトは歓迎会におけるアダンの様子を語った。確かにループスもハルトの方を見たときに常にアダンの姿も一緒に視界に入っていた。
そこからループスはとあることを考えた。
「あー、もしかしての話になるけどさ」
「なんだ」
珍しく前置きをするループスにハルトは先の言葉を促した。ループスが前置きをするのは本人に対して言いにくいことを話すときであることをハルトは知っている。だがそういったことは逆に聞きたくなるのが彼女の性分であった。
「あのアダンって男、お前に惚れてるぞ」
ループスからそれを聞いた瞬間、ハルトは思考が止まって真顔になるのであった。




