幕間:アイム夫妻の馴れ初め
今回は第八章の本筋とは特に関係のない話になります。
「母さんとどこで知り合ったのかって?」
「そういえば聞いたことなかったなーって思ってさ」
ハルトが旅に出発する前日の夜のこと、彼女はセシルにレオナとの馴れ初めのことを尋ねた。彼女は自分の両親がなぜ結婚に至ったのかを聞いたことがない。厳密には『聞いたことがなかった』のではなく『興味がなかったから聞かなかった』と言った方が正しかった。だがループスの生い立ちを知るとともに自らの両親への興味が生じたのである。
「母さんと出会ったのは父さんが十歳の時だから……だいたい二十五年ぐらい前かな」
セシルはレオナと結婚するまでの過程を語り始めた。これまで知らなかった両親の過去の話にハルトは心を躍らせる。
「へぇー、結構昔だな」
「母さんとは魔法学校にいたころに知り合ったんだ。アルバスが通った場所みたいな名門校ではなかったけどね」
セシルは一応魔法学校を卒業した身である。そこは彼自身が語るように決して名門と言えるような学校ではなく、下級から中級の魔法使いたちが肩書をつけるためにとりあえず通うような場所であった。
「昔の母さんはすごかったぞ」
「すごかったって、どんな?」
「父さんが初めて出会ったころの母さんは所謂『不良学生』でね。欠席遅刻は当たり前、授業中はずっと寝てるし、気に食わないことがあれば上級生だろうと先生だろうと食って掛かるような人だったよ」
セシルは若かりし日のレオナのことを懐かしむように語る。当時のレオナはかなり荒んでおり、折り紙付きの問題児であった。あまりの荒みぶりに家族からも見放され、学校の寮に送られたという経歴もあって彼女を止められるものなどいなかったのである。
ハルトも学校内ではどちらかといえば好奇心優先で動く素行不良気味の生徒ではあったが上に逆らったりするようなことはしていない。というよりそこまで荒んだ学生というもの自体見たことがなく想像もつかなかった。
「あー、通りで……」
ハルトはアイム家の中でレオナが主導権を持ってる理由に納得がいった。元々不良気質の人間と普通の人間が一緒になれば不良気質の人間が主導権を持つのが当然だからである。
「で、そんな母さんとどうやって出会ったわけ?」
「実は父さん、成績不振で落第の危機を迎えたことがあってね。その時に出会ったんだ」
「落第って、父さん勉強はできる方だったんだろ?」
「座学は問題なかったんだけど実技がね……」
たいていの魔法学校には座学試験と実技試験の二つが存在し、在学を維持または卒業するためにはこの二つを両方クリアすることが生徒たちには求められる。
座学と実技の内、セシルは座学が得意であったが実技はまるでダメであった。どちらも万能こなせるハルトにはわからない経験である。
「母さんは父さんとは逆で実技が得意だったんだ。とはいってもアルバスが通ってた学校みたいに高度な魔法をやることはなかったけど」
「で、母さんに実技を教えてもらおうとしたと」
「そういうこと」
実技が得意なレオナに教えを請えば落第を回避することができるかもしれない。レオナの実技成績が優秀であったことを知っていたセシルは痛い目を見る可能性を承知の上で彼女に接触することを決めたのである。
『あ、あのー……』
『あ?』
触れるもの皆傷つけんばかりに荒んでいたレオナにセシルは一瞬で怖気づいてしまった。しかし背に腹は代えられない状態であった。
『あの、魔法の実技を……俺に教えてくれませんか?』
『なんで私が、やだよ』
学生時代のレオナは学業そのものが嫌いだったが誰かのために時間を割くことも嫌いだったのである。ましてや当時のセシルは顔すらまともに知らない赤の他人、嫌悪感を露骨にむき出しにするのは当然のことであった。
『お願いします!このままだと落第するんです!』
『知るか。落第なんか一人で勝手にすりゃいいだろ』
レオナはセシルに実技を教えるのを徹底的に嫌がった。しかし後がないセシルにはここで引き下がることはできなかった。その瞬間、あらゆる手を使って実技を教わろうと画策したのである。
『レオナさんも呼び出されましたよね。アレ、落第寸前の通告でしょ』
『なんでお前が知ってんだよ……』
『このまま落第してもいいんですか』
『うるせぇな。私はここで勉強なんかするつもりはねえんだよ』
不良学生のレオナにとって学校は遊び場であった。勉強をするつもりなど微塵もない。だがその言葉がセシルに付け入るチャンスを作った。
『落第したら。もうここにはいられませんよ』
『それが?』
『寮を追い出されるんですよ。帰る場所がなくなるんです』
セシルの訴えかけにレオナの心がほんのわずかに揺らいだ。ただでさえ家庭内の雰囲気が劣悪で追い出されたも同然の彼女には居場所は学校の寮しかない。その場の方便のつもりだったセシルの言葉がレオナに深々と突き刺さったのである。
荒んだ不良学生といえど居場所がなくなるのはあってはならないことであった。
『そこまで言うってんだったらちょっとぐらいは協力してやるよ。ただし、タダではやらんぞ。お前にもそれ相応の対価ってものを払ってもらわねえとな』
『それなら、僕は貴方に座学を教えます』
落第を回避しようという一心で接触したのがセシルとレオナの出会いであった。
「そこからはまあいろいろあってね。あまりに実技ができなくて怒った母さんに蹴られたり、文字を読んでいるだけで寝始める母さんを何度も起こしたり。寮の門限を過ぎるまで二人で勉強して一緒に怒られたりね」
落第を回避するために足掻こうとした結果こそがセシルとレオナの出会いであり、二人の青春であった。
「まぁその後もなんだかんだいろいろあって卒業はできたよ。卒業してからそのまま母さんと一緒に暮らすようになって流れで結婚……って感じかな」
「へぇー。そんなことが……」
その日、ハルトは人生十数年目にして初めて両親の馴れ初めを知るのであった。
これにて第八章が終了になります。次回からは第九章、グラーシャ編……の前に別のストーリーを展開する予定です。




