しばしのお別れ
ハルトがセシルと共に夜更かしをした翌朝。ハルトとループスはセシル、レオナの二人との朝食を住まえると身支度を整え、玄関前で別れを迎えた。ついに別れの時が来たのである。
「元気でな」
「たまには手紙とか送ってほしいな」
レオナが別れの際にそういうと、ハルトは昨夜のセシルのことを思い出した。昨夜の彼と全く同じことを言っているのである。ハルトがセシルの方に視線を遣るとセシルはクスリと口角を上げた。
「短い間ですがお世話になりました。家族として迎えてくれた恩は決して忘れません」
ハルトの軽い挨拶とは対照的にループスは深々と頭を下げてセシルとレオナに感謝の言葉を贈った。特に自分のことを我が子として受け入れ、本当の母親のように接してくれたレオナに対しては感謝してもしきれなかった。
「たまーに変なこと言って困らせたりするかもしれないけど、アルバスのことを妹として支えてあげてね」
「ご心配なく。コイツの変なところはすでにいろいろ見てますから」
「変なところってなんだ変なところって」
レオナに対してループスは冗談交じりに言葉を返した。ハルトが魔法使いとしてはいろいろと異端な存在であることは間近で何度も見てきたため既知の事象であった。
「じゃあ最後にお母さんから」
レオナはハルトとループスに近寄ると腕を大きく広げ、二人を同時に腕の中に抱き寄せた。レオナやループスと身長差があるハルトはレオナの腕に抱かれながらつま先が地上から離れて宙に浮いていた。
「どこにいても、どんな姿でいても、貴方たち二人は私の子、私は貴方たちのお母さんだからね」
二人を抱き寄せながらレオナはそう言い聞かせた。自分の存在がこれから旅立つ我が子たちにとっての心の支えになれるようにという親心から出た言葉であった。
我が子たちと熱い抱擁を交わしたレオナは二人を解放するとそのまま後ろを迎えてその背を押した。
「ほら、行ってらっしゃい」
背を押されて軽くよろけたハルトとループスはセシルとレオナの方を一瞥すると小さく手を振り、前へ向き直って歩みを進めた。それは次なる旅路への第一歩であった。
二人隣り合って進み遠ざかっていく我が子たちの姿をセシルとレオナは何も言わず、その姿が見えなくなるまで見守るのであった。
「グラーシャまでの道はここからずっと北に向かうそうだ。グラーシャの付近は寒冷地らしいからどこかで防寒着を買わないとな」
「俺たちが着れる防寒着なんてあるのか?」
「それは探してみないとわからん。なければ特注で作ってもらうしかないな」
プリモの町を出たハルトとループスはグラーシャを目指して北へと向かった。休みなく歩き続けても百日以上はかかるというその地を目指して二人は減らず口を叩き合いながら進むのであった。
次回に幕間を一本挟んで第八章は終了となります。