母の怒り
ハルトが配達をから戻った数十分後、レオナは単身牧場へと訪れていた。愛する我が子に対する牧場の対応に抗議を入れるためである。
牧場へと到着したレオナは挨拶も入れずにズカズカと施設へと踏み入っていく。あまりの気迫に放牧されていた家畜たちが意図的に道を譲るほどに彼女は業を煮やしていた。
「牧場長はどこ?」
「牧場長は現在、牛の厩舎にいるはずです」
レオナは厩舎の清掃をしていた作業員を見つけると牧場長の所在を尋ねた。作業員は見知った顔のレオナがあまりに険しい表情をしていることに怖気づきつつも下手に刺激しないよう無難に対応した。
牧場長の居場所を聞き出したレオナは迷いなく厩舎へと進んでいく。何度か牧場を訪れた経験のある彼女に施設内の道案内は不要であった。
厩舎へとたどり着いたレオナは牧場長を発見すると一目散に躊躇なく彼へと接近していった。
「貴方ね。うちの子にひどいことをしたのは」
唐突に声をかけられた牧場長が振り返ると、そこには額に血管を浮き上がらせたレオナの姿があった。しかし牧場長にはレオナが何に怒っているのかさっぱりわからなかった。
「レ、レオナさん……いったい何のことですか?」
「貴方、狐の子をぞんざいに扱ってくれたんじゃなくて?」
レオナの鋭い質問を受けた牧場長の背に冷や汗が伝う感覚が走った。彼が肉食動物を毛嫌いしていることは紛れもない事実だからである。それがまさか人形工房と関係のある存在だとは予想だにしていなかった。
「いや、その……それは……」
「どうなの?」
「仰る通りです」
語気を強めて詰め寄るレオナに牧場長は押されるばかりであった。レオナが身内に危害が及ぶと苛烈になることを知っている牧場長には迂闊な弁明ができない。素直に認めざるを得なかった。
「しかしあの子狐の女の子とはどういう関係で?」
「うちの子です」
「ははっ、ご冗談を」
「今の私が冗談を言ってるように見える?」
「すみません」
ほんの一瞬出た失言を聞き逃すことなくレオナが睨みを利かせる。
「で、貴方は他の牧場の作業員に何か吹き込んだりしてたんでしょ」
「肉食動物は徹底的に追い払えと、そう教育してました」
『家畜を襲う肉食動物が敷地内から見えたら徹底的に追い払え』それが牧場長の方針であった。
「あの子は人間です。私たちと同じ身体を持って同じ言葉を話す、そんな子を貴方は動物扱いするんですか?」
レオナの主張に牧場長は何も言い返せなくなってしまった。同じ言葉を使って意思の疎通ができるものを人間扱いしないのはあまりにも残酷な仕打ちであった。
「謝罪してください。うちの子への仕打ちを謝罪してくれないなら其方に提供している人形の新規製作と魔力の供給を打ち切ります」
ハルトが受けた仕打ちの元凶を知り怒りが収まらないレオナは牧場長に謝罪を要求すると同時に応じない場合の報復措置を突き付けた。
それを聞いた牧場長の顔はたちまち青ざめた。というのも、牧場は直接家畜に関わらない労働力の多くを人形で賄っており、工房とは切っても切れない関係となっていたためである。それを打ち切られることはすなわち体制の崩壊を意味していた。
「どうするんですか。貴方の思想が招いた結果ですよ」
レオナに迫られ、追い詰められた牧場長は半ば理不尽だと思いつつも謝罪を決断した。
「私の所為で不快な思いをさせたこと、深く深くお詫びいたします!」
その日、牧場長は工房の床に額を叩きつける勢いでハルトに謝罪を言葉を述べながら反省の態度を見せた。
牧場長の姿勢を見たハルトはこれまで見たことのなかったレオナの苛烈な一面に戦慄するのであった。




