プリモの人狼
モーリオ軍を強引に追い返した翌日の朝、プリモの町の人々の間には『人狼が出た』という噂が飛び交っていた。昨夜の出来事を野次馬していた人物が多少いたらしく、それを通じて誇張されて広まってしまったようである。
これによって最も風評被害を受けたのがループスであった。噂の人狼の正体は彼女で間違いないのだが誇張されたせいで外見だけで誤解を与えかねなかったからである。彼女は迂闊に外をであるくことができなくなってしまっていた。
「一番体張ったのにこれはあんまりだよなぁ」
ハルトはループスに少なからず同情の念を抱いていた。レオナを守るために最前線を張って戦った結果、町の人たちから畏怖されることになるのはあまりにも不憫であった。
ハルトはどうにかしてループスに対する誤解を解いてやれないものかとセシルとの仕事を手伝いながら考えていた。そして一計を案じた結果、いつもの手法を使うことにした。
「ちょっと出かけてくる」
ハルトはセシルにそう言い残すとふらりと家を出てプリモの町を散策し始めた。誤解を解くためのカギとなる存在、子供たちを探すためである。
すぐに畑の外れで遊びに興じる子供たち数人ほどの姿を発見することができた。ハルトは彼らに声をかけるべく軽やかな足取りで近寄っていった。
「よう。何やってるんだ?」
ハルトの陽気な声掛けに反応した子供たちはハルトの姿を見るなり驚愕した。動物の耳と尻尾のついた人間などこれまで見たこともなかったのである。それがいきなり目の前に現れれば驚くのも当然であった。
「誰だお前は!?」
「昨夜の人狼の仲間か!?」
どうやら人狼の噂は子供たちの耳にも届いているようであった。これはむしろ好都合と捉え、ハルトは対話を試みた。
「もしそうだって言ったら?」
「退治してやる」
子供たちはハルトに対し警戒する様子を見せた。対話の余地はあるがまずは緊張を解く方が先決と考え、ハルトは手を変えることにした。
「よしてくれよ。俺は悪い奴じゃないぞ」
「嘘だ!人狼は人間を襲うって聞いたぞ。そんな奴の友達がいい奴のはずがないだろ」
一筋縄ではいかなさそうである。人狼は恐ろしい存在であるという認識が既にあり、それに基づいた判断をしていた。そうとなれば論より証拠、ハルトは子供たちをループスのところへと連れだすことにした。
「俺は人狼の友達だけど、アイツは悪い奴じゃないぞ。今からそれを教えてやるよ」
ハルトは耳をピンと立てると踵を返し、子供たちを誘うように手招きをした。
「大丈夫だ。いざとなったら俺が守ってやるよ」
足を進めるのを躊躇う子供たちにハルトはフォローを入れた。嘘を言ってないのを感じ取った子供たちは警戒心と好奇心を半々にハルトの後についていった。
「ここ人形工房じゃん」
「本当にここに人狼がいるのか?」
ハルトに案内され、子供たちがたどり着いたのはアイム家の人形工房であった。人形工房は子供たちにとっても馴染み深い場所である。しかしそこに人狼がいるとは思えなかった。
「まさかここの人を襲って食べて……」
「そんなことしねえよ。今から呼んできてやる」
そう言い残すとハルトは人形工房の奥へと消えていった。果たして本当に人狼が現れるのかと子供たちはドキドキしながらハルトが戻ってくるのを待った。
待たせること数分、ループスを連れてハルトは再び子供たちの目の前に姿を現した。
「いきなり連れ出してなんだ……」
「お待たせー。連れてきたぞー」
子供たちは目の前に現れたループスの姿を見て再び唖然とさせられた。その表情は昨夜から噂になって畏怖を集めている人狼が今まさに目の前にいるという現実が信じられないと言わんばかりであった。
「すげー……」
「本当に人狼だ……」
子供たちはループスの姿をまじまじと眺める一方、ループスは状況がイマイチ理解できていないようであった。
「おいハルト、これはどういうことだ」
「なんかお前のこと誤解されてるみたいだからさ。ちょっとでも解いてやろうと思って」
ループスに説明を求められたハルトは淡々とそう答えた。ハルトがループスのためを思ってやっているというのに偽りがないということはすぐに理解することができた。
「人狼って女だったんだな」
「男だと思ってた」
自分のことをヒソヒソと話しているのを感じ取ったループスは子供たちの方に視線を送った。睨まれていると感じ取った子供たちは硬直して動かなくなってしまった。無論ループスにそんなつもりなど微塵もない。
「表情が固いって。ほら笑顔笑顔」
「やめろ。無理やり作っても不自然なのバレバレだろうが」
ハルトはループスと子供たちの間の空気をなんとかしようと彼女の頬を指で引っ張った。元々ループスは初対面の人間に対しては表情が固い。相手が子供であろうとも例外はなかった。
そんな二人のやり取りを見ていた子供たちはどことなく目の前にいる狐と狼が悪い存在ではないと感じ始めていた。
「ごめんなー。このお姉ちゃんちょっと表情が固くて」
ループスの背によじ登ったハルトは後ろからループスの頬をひきつらせながら子供たちにそう語った。
子供たちはループスが悪人ではないことを確信するのであった。