家族を守るために
モーリオ軍の人間が工房へ押しかけてきた日の夜、ループスはアイム家の立て看板に寄りかかりながら地べたに胡坐をかいてモーリオ軍の再来を待っていた。自分の中のモーリオ軍の認識が正しければ彼らは今夜にでもやって来るはずであった。
ハルトはアイム家の二階にある窓を開け、大型銃を抱えて周囲の音を探っていた。すると遠くから足音がこちらへと向かってくるのがわかった。恐らくモーリオ軍のものであった。
ハルトは大型銃のボルトを起こして弾を装填すると銃口を窓の外に向け、狙撃の構えに入った。視界の自由が利かない夜であっても優れた聴覚から周囲の様子を探ることができるハルトは狙いをつけた長距離射撃が可能であった。
大型銃の弾にはより強大な魔力が込められ、射程、弾速、弾道に優れる一方でより威力の加減がきかない。直撃させることのないよう、ハルトは細心の注意を払って運用するつもりであった。
「来るぞ」
モーリオ軍の匂いが強くなってきたのを感じ取ったループスは立ち上がり、ハルトにハンドサインでそれを伝えると剣を抜いて刀身に魔力を込めた。
「父さん。母さんを頼む」
ハルトはゴーグルを装着し、スコープを覗き込みながらセシルにレオナのことを委ねた。相手の狙いはレオナであり、彼女を護衛するのが最重要事項であった。そして自分たちが主戦力となる以上、レオナの護衛する最後の盾となるのがセシルであった。
「あれはなんだ……」
アイム家に夜襲をかけようと進攻していたモーリオ軍の兵士たちは不可解なものを目前にしてその足を止めた。
真っ白な光が夜の闇を払うように鮮烈に輝いている。そしてそのわずかに奥には人の姿をした狼、或いはその逆ともとれるシルエットが光に照らし出されながらこちらを待ち受けるように立っているのが見えた。
「人狼……?」
「いや違う。アイツはあの工房の番犬だ」
兵士たちの脳裏に空想上の怪物の存在が過るものの、ループスの存在を知る兵士がそれを一蹴した。彼女を突破しない限り工房へと踏み入ることはできない。それを理解している兵士たちは一斉に武器を抜いて戦闘態勢に入った。
「やれ」
鉄の匂いを感じ取ったループスはハルトに号令を送った。それを受けたハルトはわずかに射角を調整し、兵士たちの手前に着弾するように照準を合わせて引き金を引いた。
銃口が青白く発光した刹那、一瞬で着弾した弾丸から魔力が放出され、工房までの道を遮るように青い炎で包み込んだ。
「いきなり地面が燃えた!?」
「これもアイツの力なのか!?」
兵士たちは前触れもなく周囲が燃え始めたことに戦慄していた。すでに士気は減衰しており、まともに戦えるような状態ではなくなっていた。
兵士たちの声を聞き、効果を確認したハルトは銃のボルトを起こして薬莢を排出し、次の弾を装填すると再び狙撃の構えに入った。
戸惑う兵士たちに追い打ちをかけるようにループスはゆっくりと歩みを進めた。その様子は剣が放つ光に照らされ、人狼の影が大きさを増しながら迫ってくるようであった。
魔力の炎が静まりかけてきた矢先、兵士たちの前にはループスの巨大な影が詰め寄っていた。
「ここから先に踏み入るなら……狩る」
ループスは兵士たちにそう宣告すると剣を横一閃に振り抜いて三日月形に凝縮した巨大な魔力の塊を飛ばした。魔力の塊はたったの一撃で正面にいた兵士たち数人を巻き込み、いともたやすく吹き飛ばしてみせた。本来なら真っ二つにできるところを吹っ飛ばすぐらいに留める程度には威力は抑えられており、ループスにも殺傷の意思はない。しかしそんなことを兵士たちが察知できるはずはなかった。
先の炎上の仕掛けがわからない兵士たちはすっかりループスが得体の知れない術を多数操る怪物だと思い込んでしまった。陣形は崩れ、まともな飛び道具もない白兵戦では目の前の人狼に勝てる術などあるはずもない。『絶対的な力』の前にすでに彼らは恐怖の感情に支配され戦闘どころではなかった。
「た、退散だ!」
兵長と思わしき男が撤退の命令を出した。しかしその命令を待つまでもなく兵士たちはループスに背を向けるように散り散りに逃走を始めてしまっていた。
ループスはそんな兵士たちを見逃すこともなく剣から魔力を放って一人また一人と仕留めていく。彼女の追撃を逃れ距離を置くことができた兵士たちの前に今度は逃げ道を塞ぐように目の前が爆発する現象が発生する。それはハルトからの援護射撃によるものであった。
前方には予兆のない爆発、後方からはループスに迫られた兵士たちはいよいよ正気を保つことすらもできなくなっていた。発狂した多数の兵士たちの叫び声がプリモの町中に響き渡った。
ハルトたちは犠牲を出すことなくレオナと人形工房を守ることに成功したのであった。
「ちょっとやりすぎたかな?」
「いや。これぐらいでいい」
狙撃を終え、ゴーグルを上げたハルトと剣を納めたループスは勝利を確かめ合いながらやり取りを交わした。
人形工房で殿を務めていたセシルとレオナの二人は我が子たちが規格外の戦闘力を持って多数の軍人たちを蹂躙していく様の一部始終を唖然としながら眺めていたのであった。




