母への憧れ
「さーて今日の仕事は終わりー」
セシルはそう言うと看板の表示を切り替えて仕事を切り上げた。朝から夕方までがアイム家の仕事の時間である。
「お疲れさまー。うちの仕事はどうだったかな?」
「なんというかこう……初めてうちの中で魔法使いっぽいことやったなーって感じ」
「そうか?俺は工房の中を行ったり来たりでそんな気はしなかったな」
ハルトとループスは今日一日の仕事内容を振り返った。セシルに一緒について魔力絡みの仕事をこなしていたハルトに対し、ループスはレオナの小間使いをしていたため両者の仕事は全く異なっていた。
「ねえねえ。仕事の合間にこんなもの作ってみたの。こっちがアルバスちゃんで、こっちがループスちゃん」
レオナは嬉々としながら小さな人形を二体取り出した。それはそれぞれハルトとループスの姿を模してデフォルメしたような姿をしていた。
「いつの間にこれを……」
「へぇー、可愛くできてるじゃん」
ループスは仕事の合間に別の人形を作り上げていたレオナの技量にただただ驚かされ、ハルトは自分を模した人形を手に持って眺めながらその出来栄えを高く評価した。
「でしょー。耳とか尻尾の大きさもちゃんとそれっぽくしてみたのー」
レオナにそう言われてハルトは二体の人形を見比べた。確かにループスのそれよりも自分のそれの方が身体に対して尻尾が長く作られている。長さだけでなく太さも忠実に再現されていた。
「……フッ」
人形故に平坦になっている二体の胸を見比べてハルトは思わず鼻で笑った。だがそれはそれとしてハルトには気になることがあった。
「ループスの採寸、いつやったんだ?」
ハルトはレオナがいつループスの採寸を行ったのかが気になって仕方がなかった。自分は採寸をさせた覚えがあるがループスに関してはいつやったのかわからなかった。
「あー、二人が寝てる間にこっそりとね」
全く身に覚えのないタイミングで採寸されていたことを知ったループスは戦慄した。聴覚に優れるハルトにすら気配を察知されずに侵入し、身体に触れる採寸という作業を自身にも悟られることなく完了させていたレオナがただものではないとすら思えていた。
「あの……採寸したかったなら言ってくれれば協力したんですけど……」
ループスはレオナの行動にドン引きしつつも彼女を軽く窘めた。
「ごめんねー。ループスちゃんがあんまりぐっすり眠ってたから起こそうにも起こせなくて」
レオナは頭を掻きながら詫びを入れると言い分を述べた。確かに昨夜のループスはいびきをかくほどに熟睡しており、彼女自身も夜に何かをされたような記憶はさっぱりなかった。
そんなところにわざわざ叩き起こして採寸に協力させるのは申し訳がなかったというのがレオナの弁明であった。
その日の夜、ループスはハルトに語り掛けた。
「俺も母上が生きていれば、日常的にああいうやり取りをできたんだろうか」
ループスは母親という存在に思いを馳せているようであった。物心ついたころから実の母親との思い出がない彼女には母親が健在なハルトのことが羨ましく思えた。
その境遇を知っているハルトはループスの発言の真意をそれとなく汲み取ることができた。
「やっぱ憧れたりするの?」
「まあな。俺にはずっとできなかったことだし、これからも実現することはないからな」
ループスは母親がいる人生に憧れを抱いていた。実現が叶わないこととは知りつつも、そんな体験をしてみたいという願望が彼女の中には渦巻いていた。
「じゃあ俺の母さんに頼んでみるか」
ただ一言そう言うとハルトはレオナのところへと向かっていった。ループスにはハルトが何をしようとしているのかさっぱりわからなかった。
しかしその数秒後、レオナがやってきたことでループスはハルトが何を吹き込んだのかを理解することとなった。
「聞いたわよループスちゃん。お母さんが欲しいんだって?」
レオナが目を輝かせながら尋ねられたところでループスはハルトがとんでもないことを吹聴したことに気づいた。
それはループスの母親の温もりへの飢えを満たしたいという秘めたる願望への回答として限りなく正解に近いのだがそれはそれとして微妙に誤解されているような気がしてならなかった。
「あ、いや。そういうことじゃ……」
「えっ、違うの?」
レオナよりも先にハルトが驚いたような声を上げた。ハルトとしてはループスの言葉を真っ当に解釈してレオナに伝えたつもりだったがどうも微妙に解釈違いを起こしていることが信じられないと言わんばかりであった。
「いや、その……間違いじゃない……けど……」
しどろもどろになりながらループスが取り繕っているとレオナはループスに近寄り、おもむろに抱擁を交わした。あまりに突然な行動にループスは理解が追い付かなかった。
「ここにいる間は私がループスちゃんのお母さんです」
レーナはループスを抱き寄せ、彼女の後頭部を撫でながら言い聞かせた。本当の母親になることはできないにしてもそれに近いことはしてあげられるつもりであった。
「本当はこういうこと、してみたかったんでしょ?」
「……はい」
ループスは素直にそう答えると耳をべったりと倒し、甘えるようにレオナの腕に身を委ねるのであった。
十数年越しの願望を堪能するループスの姿をハルトとレオナは満足げに眺めるのであった。