アイム家のお仕事
ハルトとループスがアイム家に転がり込んだ翌日。ハルトとループスはレオナとセシルの手伝いをすることとなった。滞在する間タダ飯を食い続けるわけにはいかないだろうという発想からの擬似的な労働のつもりであった。
「ループスちゃんはおばさんの手伝いをお願い。アルバスはお父さんについていって、別のお仕事があるから」
レオナの一声により、ハルトとループスはそれぞれ別行動となった。ハルトはセシルの手伝い、ループスはレオナについて人形製作の手伝いをすることになった。
「で、こっちは何をすればいいわけ?」
「人形の中の魔力が切れた人たちが補充を求めてくるから魔力の補充と修理の相談を受ければいい」
セシルは自分の受け持つ仕事をハルトに教えた。その内容についてハルトは一つ気になることがあった。
「今、人形に魔力がどうこうって言ったか?」
「あれ?知らなかったか。母さんの作る人形は魔力で動くようになってるんだぞ」
まさかと思ったハルトがセシルに尋ねると、そのまさかは現実のものであった。先の言葉は聞き間違いなどではなく、レオナの作った人形は魔力を内蔵することで動くことができるようになっていたのである。
そうこう言っている内に最初の依頼人がやって来た。
「人形の魔力が切れてしまってね。セシルさん、頼むよ」
依頼人は人形への魔力の補充をセシルに求めた。ハルトは脇からその様子を見て今度は目を疑った。人形は自分の知っているそれよりもはるかに大きかったのである。
セシルはそんな人形に手をかざすと自身の魔力を人形へと注ぎ込んだ。魔力が補充されたからか、人形は再びゆっくりと動き出した。人形の生気を感じない挙動はハルトにはやや不気味に思えたのであった。
「こんな感じで魔力を補充していけばいい。なに、心配することはない。お前の魔力量は私たち譲りだ」
「いや、あの、そういうのじゃなくて」
仕事内容を簡潔に教えたセシルであったがハルトはそれどころではなかった。そんな彼女の尽きない疑問をほったらかしにしてセシルは他の仕事も請け負っていった。様々な仕事の中でハルトは人形の魔力の補充を専門で請け負うことになった。
「この前仕事させたら事故で破損してしまって……修理はできるかな?」
「人形の修理は妻に相談になりますね。奥の工房にいるので声かけてみてください」
現在のアイム家の仕事は人形を作るだけではない。切れた魔力の補充、人形のオーダーの確認、破損した部位の修繕など人形関連の多岐に渡っていた。
農家の手伝いをして回っていた頃とは別方向で多忙に働く両親の姿を見たハルトはそこにもう過去の面影がないことを感じ取っていた。
「可愛いお嬢ちゃんだねぇ。セシルさんの知り合い?」
「えっ?あぁ、その、えっと」
ふと依頼人の一人に声をかけられてハルトは返答に困ってしまった。自分がアイム家の子アルバスだということはアイム家の人間以外には内緒である。しかしそれをどう誤魔化すかを考えていなかった。
「この子は息子の友達です。他所の子なんですけど今は遊びに来てくれてて」
言葉を詰まらせたハルトにセシルがフォローを入れた。昨日のハルトとのやり取りをしっかり覚えていたようで、彼女がアルバスであるということは隠してくれた。
「へぇー。じゃあ息子さんも戻ってきてるの?」
「帰ってきてはいるんだけど、今はどこをほっつき歩いてるのやら」
セシルは適当な作り話でその場を取り繕った。息子のアルバスと今目の前にいる少女は別人であるという体で話を進めているようであった。
「息子さん帰ってきたらよろしく言っておいてねー」
「あ、はい。は、はは……」
依頼人にそう言い残され、ハルトは乾いた笑いを返した。自分が本人だとは間違っても言えず、なんとももどかしい気持であった。
「これでよかったんだろう?」
「ありがとう。助かった」
セシルはハルトの肩をポンと叩いた。ハルトにとってはまさにその通りであった。
「凄腕の人形職人がここにいると聞いたのですが、間違いはありませんか?」
束の間の暇を過ごしていると、今度はしっかりと礼服を着こなし、ステッキを手に持った男がセシルに尋ねてきた。彼が他所から来た上流階級の人間であることはハルトとセシルには一目で見抜くことができた。
「間違いありませんが、製作の依頼ですか?」
「ええ。貴方に相談すればよろしいでしょうか」
「製作に関する注文は職人に直接通すことになってます。奥の工房にいると思うのでそちらへどうぞ」
そう言うとセシルは男を工房へと誘導していった。人形製作に関する仕事はレオナの管轄であり、オーダーが実現可能かどうかの判断や納期の設定などもすべて彼女が決定することであった。
セシルに案内を受けた男が工房へと入っていくのを確認したハルトは工房でのやり取りに聞き耳を立てた。
工房に入ってから数分後、どういうわけか男はボロボロになって戻ってきた。
「随分と利口な番犬を飼っているようで」
男はそう言い残すとなぜか負傷した片足を引きずるようにしながらフラフラとどこかへと消えていった。工房でのやり取りの一部始終を音で聞いていたハルトはきっとループスが何かしたのだろうと思いつつもあえてそこには触れないことにした。
「何があったんだろうね」
「さあな」
何も知らないセシルに対してハルトはすっとぼけた返事をするとまた二人で依頼人が来るのを待つだけの暇な時を過ごすのであった。