宿泊とお風呂
「はいお待たせ~。ご飯作ったから一緒に食べましょう」
フィリアの家に転がり込んだハルトは至れり尽くせりであった。泊まる部屋を貸しきらせてもらえる上に手料理まで振舞ってもらえた。しかも自分の店を持っていることもあって味も補償されている。
「お風呂沸かしてあげる。他にもしてほしいことがあったらなんでも言ってね」
「本当にそんなにしてもらっちゃってもいいのか?」
「いいのいいの。せっかくこんなにかわいいお客さんに来てもらってるんだから」
ハルトは照れくさくなった。この姿になってから容姿をほめられたことはあったが直接対面で『かわいい』と言われたのは初めてだった。喜びの感情で尻尾がブンブンと揺れる。
「なんかこう、客をもてなすって感じじゃないよな」
フィリアから貸し出された部屋で一人、銃をいじりながらハルトは一人考えていた。自分に対するフィリアの態度は客としてもてなすためのそれとは違うような気がしていた。まるで『自分を娘のように世話しようとしている』ような対応をされていると感じた。
ハルトは自分がまだこの姿になる前、学校に入学する前の幼年期のころを思い出した。母は自分を今のフィリアのように世話してくれていた。
「いや、まさかな」
やはり彼女が子攫い女なのだろうか。ハルトは疑わしく思った。しかし町の人々に畏怖されるような存在がこんなに子供を丁重に扱うだろうか。疑う一方で子攫い女の正体がフィリアだとは信じたくはなかった。
「お風呂沸いたわよー」
銃の手入れをしている内にフィリアが風呂が沸いたことを伝えてきた。疑いきれずなんとももどかしい気持ちを抱えたながらハルトは促されるままに風呂へと向かった。
ハルトは浴槽に湯が張ってあるのを久々に見た。これまでは学生寮で簡潔にシャワーを浴びるだけで済ませていた。さらに言えば昨日はそのシャワーすらも浴びていない。
「俺、臭ってないよな?」
ハルトは自分の体臭を確かめた。以前は気にしなかったが今の女の子の身体である。そう言ったことを多少なりとも気にするようになっていた。
今日は入念に身体を洗っておこう。そう思いながらハルトはゆっくりと湯船に浸かった。
「ふぃー……」
湯に肩まで浸かったハルトは気の抜けたため息をついた。身体が温まるとどこかに溜まりこんでいた疲労感が一気に出てくる。そのまま湯の中で溶けてしまいそうな気がした。
「ん?」
ハルトは自分の腕に何かが触れたのを感じた。触れたものを手に取ってみると、それは長い毛のようなものだった。白い毛はハルトの髪と同じ色である。しかし彼女の髪はそんなに長くはない。だがハルトには長い毛が生える箇所がもう一か所あった。
まさかと思いハルトが後ろを振り向いてみるとそこには白い毛と黒い毛がごっそりと浮かび上がっていた。自分の尻尾から毛が抜け落ちていたのだ。
「やっべ!?」
ハルトは慌てて浴槽から飛び出すと湯に浮いた毛をすくい上げた。せっかく無償で風呂まで用意してもらったのに家の主が使う前に汚してしまっては流石に申し訳が立たない。
これからは迂闊に水の中に入ってはいけない。そう感じざるを得なかった。
フィリアの使っているであろうシャンプーを手に揉みこみ、ハルトは髪を洗った。女性用のシャンプーを使うのは初めてであった。どことなくいい香りがして手触りもいい。それを自分の身体に染みこませるようにじっくりと時間をかけた。
髪が短い自分ですらこんなに気を遣っているのだ。きっと髪の長い女の子はもっと時間をかけているのだろう。仕草の中でハルトはなんだかこのまま自分が男であったことを忘れてしまいそうな気がした。
「ハルトちゃーん。おばさんも入るねー」
ハルトが髪を洗ってると、フィリアが風呂場に一緒に入ってきた。
大人の女性と一緒に風呂に入るという幼年期以来のイベント発生にハルトは今の自分が女の子であることを忘れて動揺した。
「背中流してあげよっか」
「え?あ、あぁ」
フィリアの言動は完全に母親のそれであった。ハルトは動揺が収まらないままそれを了承した。
「綺麗な肌してるのね」
「そ、そうか?」
背中を流しながら語りかけてくるフィリアにハルトはしどろもどろな返答をした。そういえばこの身体になってから自分の裸体をまじまじと見たことはなかった。だが女性目線で綺麗と言ってもらえたことはなんとなくうれしかった。
「へぇー、私たちの耳が付いてるところには何もないんだ」
「そりゃあこっちがついてれば耳は四つもいらないからな」
フィリアはハルトの耳に興味を示した。元あった場所から耳が無くなったことに一番驚いたのは紛れもなくハルト自身である。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「まあ、耳ぐらいなら」
それよりもハルトは気になっていることがあった。
「あの……当たってるんだが」
ハルトは背中越しにフィリアの胸の感触を感じていた。大きい、かなり大きい。朝はエプロン姿、さっきは外が薄暗くてよくわからなかったが直に触れた感覚でそれを確信した。
目線を下に向け、自分のものと比較してハルトは落胆した。『いつかは自分もあんな風に……』そう考えずにはいられない。
ハルトはドキドキが止まらなかった。
「女の子でもそういうこと気にするんだ」
『自分が元男だから』などとは言えるはずがなかった。仕草は女の子のそれに寄ってきていてもやはりハルトの精神は思春期の男子のままであった。
「ところでその尻尾もちゃんと洗ったの?」
ハルトはフィリアの言葉に嫌な予感がした。この流れだと間違いなく尻尾を触られる。それも髪の手入れと同じ感覚でじっくりと。
そんなことをされればフィリアに己の情けない姿をさらすも同然である。それだけは何としても避けたかった。
「いや、そこは後で自分でやるから」
「遠慮しなくてもいいのよ。おばさんがやってあげる」
フィリアのお節介は少々度が過ぎていた。遠回しに拒否するハルトの声が聞き届けられることはなかった。
狭い風呂場で逃げる間もなくハルトはフィリアに後ろから尻尾を掴まれた。
「ふやっ!?ほ、本当に大丈夫だから!」
「いいのいいの。ちゃんとつやつやの毛並みにしてあげる」
ハルトは絶望を突きつけられた。これで長時間にわたって触られることが確定となってしまった。
「ふにゃああああああああああ!!」
「うふふっ、くすぐったいのかな?終わるまで我慢してね」
その夜、フィリアの家の浴室からは幼い少女の嬌声が響いたのであった。