ハルト対ケルス
ループスがカイルとの稽古に勤しんでいる間、ハルトはケルスが近くにいることを察知して単独で追跡していた。ハルトに自分の存在を勘付かれたのに気づいたケルスはあっさりと彼女の前に姿を現した。
「そこをどいてくれませんか」
「断る。お前こそ何をしに来た」
「ループス様の稽古の邪魔をしに来たのです。クリム様は少なからず危機感を抱いているようでしてね。危険因子は先手を打って排除しなければ」
そう言うとケルスはステッキを抜いて手元でクルクルと回し始めた。どうやら例えハルトが相手であろうと強硬手段を取ることを辞さないつもりらしい。
ハルトも対抗手段として銃を抜いた。
「どうしてもやるって言うんだな?」
「私には大義名分がありますので」
ハルトからの最終警告に対して啖呵を切ったケルスは何かの魔法を詠唱すると自身とハルトをついさっきまでと全く違う景色が広がる空間へと転移させた。いきなり目の前の景色が切り替わったことに驚いたハルトは思わず耳を立てて周囲を見回した。
「ここなら誰にも見られず、誰にも迷惑をかけることなく戦えます」
ケルスは左の手の平をステッキで叩きながら臨戦態勢に入った。こうなればもう正面衝突は避けられなかった。ループスの稽古に対する妨害を阻止するため、ハルトはケルスとの戦闘を行うことを決意した。
ハルトは引き金を引き、弾を撃ちだした。弾は青白い残光を走らせ、音を置き去りにしてケルスの真横を通り抜ける。しかしケルスはそれに対して回避しようとすらしなかった。
「なぜ避けない」
「私知ってるんですよ。貴方は人を殺すつもりで撃ったりできないってね」
ケルスはあざ笑うようにハルトを煽った。実際に彼の言う通り、ハルトは自衛のために威嚇射撃を行うことはあるが誰かを殺傷することを目的に引き金を引いたことはごくわずかにしかなかった。
図星を突かれたハルトはそれに対して反論することができなかった。そしてすぐにムキになって急所を狙った射撃を行えるような性格でないこともケルスにはお見通しであった。
「貴方に私は撃てない。でも私は貴方を撃てる!」
ケルスはハルトを狙って魔法を撃ち込んだ。宣言通り、彼は躊躇なくハルトへ攻撃することができた。ハルトは咄嗟に身を翻してケルスからの攻撃を回避するがそれで状況がよくなるわけではない。殺生を極力避けて急所に直撃する弾道で撃たないハルトと攻撃に一切の躊躇のないケルスとでは戦術的な相性は最悪であった。ハルトはどうにかしてこの状況を打開する必要があった。
「クソッ……」
ハルトは防戦一方であった。戦術的な相性もさることながら、戦場が攻撃を遮れる遮蔽物のない平地のような異空間であったために地形的な面でも不利を強いられていたのである。
「すばしっこい狐ですねぇ。少し手数を増やします」
攻撃を尽く回避するハルトに対してケルスは苛立ちをぶつけるように吐き捨てるとこれまで一発ずつだった攻撃を二発同時に繰り出すようになった。一発目でハルトの足を動かせて二発目を当てるという狙いであった。
空気中から生成された氷の矢が次々とハルトに向かって飛んでくる。ハルトに回避された氷の矢は地面に衝突すると砕け散り、破片になって周囲一帯を冷却していく。氷の破片はハルトの体力を容赦なく奪う。このままでは本命が直撃するのも時間の問題であった。
ハルトはこの開けた戦場で少しでも時間を稼ぐ方法を考えた。そろそろリロードを経由しなければならなかったためである。
氷の破片から冷気が立ち込めているのに気が付いたハルトはその場の思い付きで奇策に打って出た。
「クイックファイア!」
ハルトは詠唱の少ない炎熱魔法を発動させ、火球を自分の周囲の地面に何発もぶつけた。火球は冷えた地面を加熱させ、氷の破片を蒸発させて周囲を濃霧に包んだ。
ケルスは真っ白な濃霧に隠れたハルトの姿を見失ってしまった。
「詠唱による魔法も使えるということを見落としていました……小賢しいことを!」
ケルスは濃霧に紛れたハルトを見つけることができなかった。彼女の白い髪、耳と尻尾の毛が霧に溶け込んで保護色となったためである。それに対してハルトは聴覚を頼りに濃霧の中でも足音からケルスの位置を正確に割り出すことができた。
リロードを完了したハルトは反撃を開始した。殺傷力を最低限に抑えた弾に切り替え、ケルスを無力化するように射撃を繰り出す。目視で照準を決めることはできなかったがそれでも一方的に攻撃を加えるには十分であった。
ケルスも負けじと反撃をするものの霧に向かってのあてずっぽうではハルトに攻撃を当てられるはずもなかった。
風を起こす魔法を詠唱し、霧を強引に払った時にはすでにハルトはケルスの背後を取り、引き金を引いた後であった。魔弾はケルスの脇腹に直撃し、彼に片膝をつかせる。ハルトは間髪入れずにもう一度引き金を引き、ステッキを持っていた腕の肩を撃ち抜いてケルスを無力化させた。
「勝負あったな」
右肩と脇腹にダメージを受けたケルスの背後からハルトは銃口を突き付けた。命を取るようなことはできないものの、必要であれば無力化する程度にダメージを抑えて直撃させることは彼女にも可能であった。
「お見事です……どうやら私は貴方を侮っていたようです」
「アンタの敗因は二つ。さっさと俺を仕留めようとしなかったことと、俺が普通に詠唱で魔法を使えることを見落としたことだ」
ハルトはケルスに敗因を突き付けた。しかしどんな形であれ、敗北したことはケルスにとっては認めざるを得ない事実であった。
「命までは取らん。だからさっさとここを去れ」
「……わかりました。敗者は勝者に従うものですからね」
ケルスは展開していた異空間からハルトを解放するとそのままどこかへと姿を消した。ハルトはしばらく警戒を続けたものの、その後ケルスが戻ってくることはなかった。
「ハァ……」
戦闘が終了し、緊張の糸が切れたハルトは全身の力が抜けたようにその場にぺたりと座り込むのであった。




