懐へ飛び込んで
クリムに与えられた猶予が残り二日となった頃、ループスとカイルはクリムとの一騎打ちを想定した模擬戦を行っていた。クリムの戦術を攻略するカギとなる『振り返し』の感覚を掴むためである。
「振り返すタイミングはよいが踏み込みが一歩足りん!もっと躊躇なく行け!」
「はい!ではもう一度!」
ループスは驚異的な速度でカイルの教えを吸収して自分のものにしていた。付け入る隙すら見いだせず一方的に打ちのめされた初日から一変し、今ではあと一歩のところまで食い下がれるほどになっている。
しかしそれではまだクリムと『互角に』戦うには物足りなかった。
「動きに迷いはなくなった。もう一度行くぞ!」
「お願いします!」
カイルの教えを覚えていったループスはすでに振り返しに成功する目前まで迫っていた。懐へ飛び込む素振りを見せず、相手の攻めを冷静に見て対応し、隙を見て切り返す。この一連の動きをほんの数日で完成させようとしていたのである。
模擬戦を何回、何十回と繰り返してループスはカイルの懐までの距離を着々と縮めていた。その剣が届くまであと僅か、カイルが咄嗟の防御に出てもループスは即座にそれに対応することができるようになっていた。
「ッ!?」
「そこだッ!」
模擬戦を繰り返すこと数十回、ついにループスはカイルの剣戟を搔い潜って一撃を与えることに成功した。それは決してまぐれなどではなく、彼女の中で培われた技術と経験に裏打ちされた確かな成果であった。
「見事である。今の感覚を忘れぬよう、もう一度!」
カイルはループスとの模擬戦を継続した。たった一度の成功が完成ではない、それを何度繰り返しても同じ結果にできるまでが彼の中の目標であった。
しかしループスはその後何度手を変えても的確に対応して切り返してくるのであった。
「ここまでの短い間で実に見事なものですな。やはりマグナレイドの血筋の子であります」
ループスの驚異的な成長速度にカイルは感服するばかりであった。これ以上模擬戦を通して教えることは何もないことを悟ったカイルは静かに軍刀を鞘に納めた。
「これ以上稽古を通じて教えることはありませぬ。この結果に決して驕らず、これまで培ってきたものを来るべき時に活かせるようにこれからも精進するのですぞ」
「はい。ありがとうございます!」
カイルにその力を認められたループスはこれまでの感謝を込めてカイルへ深々と頭を下げた。あとはこの数日間で培った技をクリムの前でぶつけるのみであった。
「……ハルトはどこだ?」
喜びも束の間、ループスはハルトの姿が見えないことに気が付いた。普段ならハルトは自分がカイルと稽古をつけているところを退屈そうに見守っているはずであり、今日もそうだったはずである。しかし今はそれがない。
ループスが嗅覚を頼りに後を追うものの、匂いはとある場所からぱったりと途絶えてしまっていたのであった。
「お友達の姿がありませんな」
「俺、探してきます」
ループスはカイルと別れ、ハルトの捜索に乗り出した。いきなり人を痕跡を残すことなく連れ去れるような人物は自分が知り得る限りただ一人であった。
それができる人物、ケルス・エーデルブルーを探してループスはウォルフェアの街を駆けるのであった。




