ループスのもう一人の師
ハルトはとあることが気になっていた。ループスの姿を変えた張本人が誰なのかということである。ループスの母親は魔法使いだがクリムは魔法使いではない。さらに言えばループスの話が真であるならば彼女の母親はすでに死去しているためクリムは変身魔法をかけることはできない。つまりマグナレイド家の関係者には他に魔法使いがいるはずなのである。
「ループス。お前は学校に来る前は誰に魔法を教わってたんだ?」
ハルトは率直な疑問をループス本人にぶつけた。きっと彼女の幼少期の魔法使いとしての師がマグナレイド家関係者の魔法使いなのであろうとハルトは踏んでいた。
「俺が小さいころに魔法を教わった人、それは……」
「僕だよ」
ループスの語りに割って入るように男の声が聞こえた。何の前触れもなく現れたそれに驚いてハルトが振り向くと、そこには如何にもな恰好をした男の姿があった。ハルトがかなり驚いている一方でループスは慣れたような反応をしている。マグナレイド家の関係者とみて間違いなさそうであった。
「どっから出てきたんだお前!?」
「これはこれは。お初にお目にかかります。マグナレイド家お抱えの魔法使い、ケルス・エーデルブルーと申します」
男は初対面のハルトに丁寧な自己紹介をした。ハルトはその言葉遣いからどことなく慇懃無礼さを感じ取った。
「ケルス。今日は何をしに来た」
「クリム様より伝令を受けておりまして。『息子の動向を追え』ってね」
ループスに問い詰められたケルスはあっさりと目的を白状した。ループスの反応からするに彼が突然現れるのはいつものことのようである。するとループスはケルスに詰め寄り、その胸ぐらをつかんで睨みつけた。
「『息子』と呼ぶな。今の俺は男じゃない」
「失礼いたしました。今は『娘』でしたねぇ」
ループスに訂正を求められたケルスはおちょくるように笑った。それもそのはず、ループスを今の姿に変えたのは紛れもない彼自身である。
ループスが手を離すとケルスはハルトの方へと近寄っていった。
「随分とかわいらしい姿ですねぇー。誰がこうしたのですかぁ?」
ケルスはハルトの頭上に手を置きながら声をかけた。普段頭を触られても嫌な気分にはならないハルトだがこの時ばかりは形容しがたい不快感を抱いた。
「気安く触るな」
ハルトはケルスの手を払いのけると懐から銃を抜き、その銃口をケルスに突きつけた。初めて銃を見るケルスは眼前にある小道具を侮っていた。
「それで私にどうしようというのですか?」
「こうする」
ハルトは左手でゴーグルを装着すると銃口をわずかに横にずらして銃の引き金を引いた。銃口から魔力が噴出し、レーザー状に収束したエネルギーの塊がケルスの真横を音を置き去りにして通り抜けていく。
ケルスは魔力の余波を受け、絶句すると同時に目の前にいる狐の少女が自分と対等もしくはそれ以上の力を持った魔法使いであることを察知した。
「過ぎた真似をしたことをお詫びします」
「ふん」
ハルトは銃口に息を吹きかけ、かすかに残る魔力を消し去ると排莢せずに銃を懐にしまった。もし不用意なことをしようものなら今度は威嚇だけでは済まさないつもりであった。
「俺たちの動向をどれほど見ていたんだ」
「ループス様がエリアス家の当主より直々に稽古をつけられていることは知ってますよ」
「じゃあだいたいのことは知ってるってことだな」
「えぇ」
ケルスはこれまでずっと秘かにハルトとループスのウォルフェアでの行動の数々を監視していた。クリムとの最初の衝突から今までのことはほぼすべて知っているのである。
「父上にはどこまで報告するつもりだ」
「面白くなりそうなところまでですよ。全部を報告するつもりはありません」
「……そう言うと思った」
ケルスは生粋のトリックスターである。基本的にはクリムの命令に忠実に動くが要所要所で独断による行動に走る。そんな性格をループスは幼少期から知っていた。
「ではでは、さらばです」
そう言い残すとケルスは煙のように姿を消してしまった。ハルトの聴覚とループスの嗅覚をもってしてもケルスの行方を追うことはできなかった。
「アイツは何者なんだ?」
「うちのお抱えの魔法使いだ。あんなんだが魔法の腕は確かだぞ」
突如自分たちの前に姿を現したケルスについてハルトが説明を求めてもループスはそう言うほかなかった。そこそこの付き合いのある彼女ですらケルスという人物は『あんなの』という言葉以外では表現のしようがなかったのである。
「よくあんなのから魔法を教わってたな」
「教えてもらってるときはわりとまともな人だったんだが……?」
幼少期の記憶と現在の印象が錯綜し、ループスはただただ困惑するのであった。




