ウォルフェア軍を尋ねる
翌日の朝、ハルトは単独でウォルフェアの街を駆けまわっていた。ループスに特訓をつけてくれる軍人を探すためである。
街にいる軍人を見分けることは容易であった。彼らはどこにいようと同じ服を着ていたからである。それを目印にハルトは軍人の品定めをしていた。
しかし街を歩いている軍人たちからはループスを鍛えられそうな雰囲気を感じ取ることはできなかった。
「やっぱ外をうろついてるようなのはダメそうか」
ハルトは外を歩いている軍人は軍人の中でも下層に位置していることを察して早々に切り上げ、別の方向からのアプローチを模索した。
兵の指導をする上官の軍人を探して探す方が手っ取り早い。そうと決まれば行動は早かった。ハルトはウォルフェアの街の塀を軽々と飛び越えて奥へ奥へと踏み込んでいった。
奥へと踏み込むにつれてピリピリとした空気が張り詰めてくるのがわかった。きっとこの奥にすごい人物がいるに違いないことをハルトは予感した。
『最悪その場で殺されても文句は言えんぞ』
ループスからの忠告を思い出したハルトはここから先は姿を隠して行動することにした。
「我が身を影に、ヒドゥン・シャドー」
ハルトは影隠れの魔法を詠唱し、物陰の中に姿を消した。影を伝って中を移動し、時折目と耳を出して外の様子を覗き見る。そこには軍事国家の名に恥じぬ壮絶な訓練を行う軍人たちの姿があった。
周囲の音を頼りにハルトは軍人たちの上官に当たる存在を探した。
「午前の訓練は以上!これより休息に入れ!」
外の音を探っていると、訓練の終了を告げる声が聞こえた。きっと近くに上官にあたる存在がいる。接触するには絶好の機会であった。
ハルトが影の中から全身を出して人の姿を探すと、そこには鞘に収まった軍刀を地面に突き立てて仁王立ちしているガタイの良い男の姿があった。きっと彼が軍人たちに訓練をつけていた張本人なのだろうと推察したハルトは彼に声をかけることにした。
「あのー、ちょっといいですか?」
ハルトは男に恐る恐る声をかけた。男は突然現れたハルトの姿に驚き、即座に軍刀を抜いて臨戦態勢に入った。
「何者!?」
「待ってくれ!俺は敵意を持ってアンタに話しかけたんじゃない!」
軍刀の切っ先を向けられたハルトは慌てて両手を上げ、こちらに敵意がないことを示した。ループスの忠告通りの血の気の多さに驚かずにはいられない。
「ふむ……では私に用があると」
軍人の男は軍刀を下ろし、納刀するとハルトとの対話に応じる姿勢を見せた。気が早いだけで話自体は通じるようであった。
「単刀直入に頼む。訓練をつけてやってほしい奴がいるんだ」
ハルトはノータイムで頭を下げて軍人へ懇願した。軍人は半信半疑でありつつも話を伺う。
「ほう。それは誰だ」
「ループス……マグナレイド」
その名を聞いた瞬間、軍人の表情がひきつった。軍人たちの間でもマグナレイドの名は知れ渡っており、彼にとってはあまりよいものではないようであった。
「なぜマグナレイドの者に私が訓練をつけねばならんのだ。それならクリムにつけさせればいいのではないのか」
「実はこれには理由があってな」
軍人はクリムのことを知っていた。名門マグナレイドの関係者ならマグナレイド流の技術を身につければいいと考えるのは当然のことであった。
ハルトは事情を説明した。すると軍人は興味深そうに聞き入った。
「なるほど。クリムは子息との関係がうまくいっていないと」
「そういうこと。そのクリムが自分の子に負けたことが知れ渡れば軍の中での立ち位置も微妙になるだろう。そうなれば次に上に立てるのはアンタかもしれない」
ハルトは言葉巧みに出世意欲を煽って軍人を唆した。それは軍人にとってはなんとも甘美な響きであった。
「よかろう。で、いつから始めればいい?」
「あまり時間がない。できれば今日からでもやりたいぐらいだ」
「ふむ。では今日の夕刻、またここで会おう」
軍人はそう言い残すと踵を返してどこかへ行ってしまった。どうやら約束の取り付けに成功したようである。
張り詰めた緊張の糸が解れたハルトは大きなため息をついた。
「……よし!」
ループスに立てた誓いを果たしたハルトは再び影の中に隠れ、人目につかぬようにその場から立ち去るのであった。




