ハルトの献身
その日の夜、ループスは宿の部屋の片隅で縮こまっていた。クリムに力の差を見せつけられたうえで大敗を喫したことが相当精神的に堪えていたようである。
「無理だ……俺はあの人に勝てない……」
ループスはすっかり弱気になってしまっていた。あんな仕打ちを受ければ当然のことではあった。それはそれとしてハルトはとあることが気になっていた。
「とりあえず髪の毛整えようぜ。女の子がそんな髪じゃ変だと思われるぞ」
ハルトは散髪用の鋏とブラシを取り出した。彼女は耳の位置が普通の人間と異なるせいで理髪店を利用することができないため、自分たちの髪は自分で整えている。そのためある程度は任されれるぐらいの腕はあった。
それに加えて今のループスはクリムに後ろ髪を斬られて不格好になっており、そんな外見を放置するのはハルト的には見過ごしておけることではなかった。
「こっち来い。そこにいられたらうまくやれんだろ」
不器用ながらハルトはループスを誘い出した。部屋の隅でも髪をいじることはできるがいろいろと不便が生じるのである。ループスはのそのそと立ち上がると椅子へと腰かけた。
「しっかしまあ派手にやられたなぁ。お前の父さんは女の子の髪をなんだと思ってるんだろうな」
バッサリと斬られた髪に鋏を入れて整えながらハルトはループスの返事を引き出そうと試みた。しかしループスは何も答えない。相当な落ち込みようであった。
「猶予は一週間あるんだろ?できるだけのことをして次勝てばいいんだよ」
ハルトは精一杯の激励を送った。事実上の敗北であったとはいえ、ループスはクリムから一週間の猶予を与えられていた。
「父上に勝つには……どうすれば……」
「いくら純粋な体力で勝っててもお前には技がない。だからちゃんとした剣術を学ばないとな」
ループスの敗因は『技がなかったこと』だとハルトは考えていた。クリムの戦闘術に対してまともに張り合えるだけの『技』があればきっと互角以上に戦えるようになるはずだと見込んだ。
「それはそうと、できたぞほら」
ループスの髪の手入れを終えたハルトは鏡越しに出来栄えをループスに確認させた。今までの長髪から一変、肩にかからない程度のショートヘアに仕上げられていた。ハルトとおそろいの髪型である。
「これでしばらくは髪の手入れの時間が少なくできるな」
ハルトはブラシをちらつかせながら冗談めかして笑う。ループスもハルトが自分を気遣って元気づけようとしていることを察し、それに応えるようにクスリと笑った。
「ありがとう」
「そうだ。落ち込んだ顔してるより笑ってる方がいい。笑え笑え」
ループスが笑ったのを鏡越しに見たハルトはループスの背中をポンと叩いた。自分の気遣いが通じていたことがわかって彼女も一安心であった。
「今日はもう休め。一晩休んだら再戦に向けて特訓だ」
ハルトはループスに特訓を提案した。普段は泥臭いことはあまり好まないハルトだったが今回はループスが自分の手で解決しなくてはならない問題である。自分が直接関与できない以上はループスに強くなってもらうしかなかった。
「特訓って……何するんだ?」
「ウォルフェアは軍事国家なんだろ?よさげな軍人を見つけて特訓してもらえばいい」
『戦闘術が身に染みついている軍人から教えを受けることでループスを強くする』それがハルトのプランであった。彼女には剣を使った戦闘の心得はなく、また彼女からループスに銃の扱いを教えることもできない。だからそうする以外の方法が見当たらなかった。
「正気か?最悪その場で殺されても文句は言えんぞ」
「なら他に手があるか?」
ループスはハルトのあまりに大胆な作戦に戦慄した。ウォルフェアにおいて軍人は最も位の高い身分であり、そんな彼らに事前の了承なしで接触することはかなりの無礼に当たることを知っていたためである。
だがハルトはそんなことはお構いなしであった。他に打つ手がない以上なりふり構っている場合ではない。何よりもループスを負けっぱなしのまま終わらせるのが納得できなかった。
「任せろ。お前に特訓をつけてくれる軍人を俺が必ず探し出してやる」
ハルトは再戦までに残された時間の中でループスを鍛え上げられる軍人を見つけ出すことを誓うのであった。




